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記憶 ~ 浸食
あの日から二週間ほどたった頃。
あれから松屋の他に、黒岩というやつも来た。黒岩洋介。席の位置は俺の右斜め前廊下側から二列目の五番目。
そしてその日からラインのグループを作り、深夜に四人でそこで雑談をグループ通話を頻繁にするようになっていった。
そこで話される内容は様々、野球部や、うるさいやつ、いきってるやつの愚痴もあれば、それぞれの過去や社会について、仕事、王道から聞いたこともないような哲学的な話まで。
俺はその時間が楽しかった。愚痴は正直実質言うだけでなんも出来てないからそこまでだったが、とにかくわかったのは室井は頭の回転が速いと言うだけでなく、知識の量も膨大、勉強になる話が多かった。
そしてこの二週間でもう一つ気付いたことがある。
それは黒岩もかなり優秀できれるやつだと言うこと。こいつも最初見たときは室井と違って何かを思わせるようなものはなかったが、話してみればこやつもかなりすごい。
そして今日もいつも通り深夜にグループ通話をしていると、黒岩から耳寄りの情報が入ってきた。
「そういやさ、野球部の関山と境っていっつもうるさいじゃん、授業中もいちいちちょっとしたことで大声で喋るわ、休み時間とかもはや暴れるし」
そうなのだ、うちのクラスの野球部は計四人。その中でも関山と境がかなりうるさいのだ。
「それでさ、それをよく思ってないやつ俺ら以外にもいるんよ」
「いやそりゃそうだろ」
室井が当然とばかりに言う。
「まああんなうるさい猿ども好きなやついないな」
俺も相づちのような一言を入れる。
「え、それちなみに誰か知ってるの?」
ここで松屋が気になることを聞く。
「確かにそれは気になるな」
室井も同じ思考。
そして黒岩が言う。
「いるよ、今野と下田、今日昼休みに俺に言ってきた」
確か一列目の前の二人か。
「なんで黒岩に?」
室井が聞く。
「わからんけど、席が近いってのと、多分俺ら四人がよく絡んでるのを知ってる」
黒岩が答える。
「だとしても、俺らがよく絡んでることを知ってたとしてもなんで言う必要があんのさ」
松屋がまっとうな疑問を投げかける。
するとここで
「笛坂だろ」
室井が俺の名前を出す。
「この前のあの他クラスのなんだっけ・・・桜井か、あのときの一件と日常で笛坂が野球部嫌いなのばれたんじゃね」
「いやばれたって、別に隠したいわけじゃないんだけど・・・」
俺は引っかかった発言に反応しながらも、まあ知られてない方がおかしいけど
そんな風に思っていたところで
「いや室井も多分知られてるわ」
黒岩が言う。
「えーなんで?」
室井が聞く。こいつもわかっていながら・・・
「俺と話してるときに笛坂だけじゃなくて室井のこともかなり見てたから。あれだよお前らたまにうっせえなとか言ってるじゃん。それ結構聞こえてるよ」
「・・・」
少しの間をおいて
「「知ってるよ」」
俺と室井がまさかの同時に言う。
すると黒岩は驚きながら少し笑って
「わざと言ってんの?」
と聞いてきた。
「だってうるさいんだもん伝えなきゃ」
室井はそれが当たり前と言わんばかりに答える。
「まあ確かに。次授業中うるさかったりしたらもっとはっきり言うか」
黒岩もそんな風なことを言い出した。
「はっきりって?」
松屋が聞く。
「え?だからうるさい奴らにむかって。だって俺らの言ってることの方が正しいでしょ」
「え、まじで言うの?」
松屋が驚きの声をあげる。
室井は黙っている。
そして俺は思う。
黒岩もやはり少し変わっている。
あーゆー野球部みたいなタイプは直接言われたらほぼ百パーセントの確率で何かしら言い返してくるだろう。そしてそうなればすんなりは終わらないし引き下がらない。
たとえそれがこちらが正しいとしてもだ。
それはあいつらにとって合ってるか合ってないかはさほど重要ではなく、文句を直接言われたことに理不尽な苛立ちを覚えることが多いからだ。
俺はそれを中学の三年間でよく学んだ。
そのため一人や二人でいくら正論をかまそうとも、そのうち話は全然違う方向へと流れ挙げ句の果てには小学生の言うような屁理屈を言うようにさえなり、所謂お話にならないと言う状況にだってなりうる。
そのためあのようなタイプに最も有効なのは、主語や目的語を抜き取り最も重要な語句のみを最も有効なタイミングで発し、自分たちが言われていることを感づかせるが、百パーセントではないため安易に突っかかることの出来ない状況を作り出してやるのが一番の有効策。
それが一番効果的なのだ。
そう考え、俺と室井はここ数日間そのような手を周りに知られないように陰で打ってきた。それに入学してからまだ一ヶ月ほど、できればそんな表に存在感を示すことを望んでいなかった。
しかしそんな中黒岩はことの行く末を知ってか知らずか真っ向からぶつかりに行くというのだ。
なんとも大胆で行動的。
まあやり方としてはこっちの方が俺らに比べて何百倍も褒められたやり方だがな。
しかし確かに実際問題収まる気配が今のところ全く見えない状況の上に、もうクラスの何人かには俺たちのことを知られてしまっているといつ始末。多少めんどくさくても動いてみるのもありかなんて思い始める。
黒岩もきれるやつだしもしかしたらもっといい作戦でも考えてるかもしれないしな。
そう思い俺は
「まあ俺はなんでもいいよ」
と、てきとーに返事をしておく。
「おっけーそうするわ!」
黒岩はなんかとても元気な声でそういった。
そしてその後すぐに
「もう遅いしねようぜ」
「そうだね俺も眠いわ」
黒岩がそう促し、松屋と俺がそれに反応し、その日の深夜通話は幕を閉じた。
結局室井はあれからなにも発さなかった。
寝落ちの可能性を考えたがすぐに考えを改める。
おそらくそれはない。なぜなら・・・
室井は夜中には寝ないのだ。
次の日、今日は二限目に物理基礎の授業がある。
野球部の奴らが最もうるさくなる時間だ。
昨日の言ってたこと今日早速起こりうる可能性の高い日でもある。
しかし俺はその一方で黒岩は昨日ああ言ってたものの、いざその場面が来たらそんなにいうほど強く出ずにむしろ下手に回って促すかんじにうまくやろうとするんじゃないか、 なんて呑気なことを考えていた。
そう、つまり昨日の黒岩の発言は虚勢とまでは言わないが、深夜のテンションというやつ故に大きく出た発言くらいに思っていたのだ。。
しかし後に俺はいかに黒岩を甘く見ていたか痛感することになる。
「では本日は第七回目、一学期のこの授業約三分の一に到達いたしました、そろそろ本格的に協力が必要になってくるかと思います。わからないところをわからないままにせず、しっかり協力して、時には私に聞くなりして理解を深めていきましょう。では演習開始」
先生の言葉と共に今回も演習の時間が始まる。
確かに基礎の授業とは言え、いよいよ本格的に一筋縄ではいかない問題も入ってきた感じだ。
俺はそう思いながら、とりあえず自分で出来るところまでは取り組んでみる。一筋縄ではいかなくともできれば今回も自分ひとりの力で解いていきたいところだ。
十五分ほど取り組んだところで俺は最後の二問で頭を悩ませていた。
この二問は間違いなく基礎の範囲を超えている。しかし六回目までの内容を総動員して考えればわからなくもなさそうだった。
俺はいつになく集中し、昨日のことや野球部のことなど全くもって忘れていた。
するとそこで
「もうわかんねえよこんなの、先生今回難しすぎますよ!」
境が大きな声で少しキレ気味に先生に異を唱えた。
「それな!こんなの絶対無理じゃね?」
続くように関山も反応。
「こえーがでかい、みんなやってるんだから静かに。あとそれを協力して解くのがこの時間です」
先生はこの授業が始まって以来初めて声の大きさを指摘し、冷静に返答する。
しかし境と関山はそれに余計にいらついたのか、さらに不機嫌さが増していく。
「はあ?わっかんねえよこんなの、ちょっと見せて」
そして関山は近くの席の男子から勝手に半ば強引にプリントを取り上げ答えを確認しようとする。
「はあ・・・」
そしてその男子も出来てなかったのか、礼も言わずにため息だけついて雑にプリントを戻し、別のやつのを借りようとする、そしてまた別のやつへと。
一通り自身の付近の奴らのを全員確認していった。
その間、その取られた生徒たちはあまりに早い出来事だった上に、キレ気味の坊主頭男子の圧にやられてか、抵抗できる者は一人としていなかった。
そこで席付近にはいないとわかると次はさらに遠くの人のも見ようとする。
最初は真ん中から前だったのがだんだんと後ろの奴らまで迫ってきてそのうち俺や室井の所までも来かねない。だがその前に・・・。
関山は廊下側の一列目の四番目から順に取り上げていく。
ほんとあいつは何様のつもりなんだ。俺のとこに来ても絶対渡さねえ。
そんなことを考えていると、四番目も終わり一列目の五番目の男子のを取り上げる。
そして雑に戻す。
そして・・・。
五番目の二列目黒岩の席の前に関山が止まり、同じ手際で素早く黒岩のプリントを取り上げる。
そして関山が止まる。
さっきまで不機嫌極まりない表情が徐々に穏やかに、笑みへと変わっていく。
そして叫ぶ。
「おおー!出来てる!つか全部終わってんだけど!すげえ!黒岩だっけ?おい境!こいつできてるよ!」
関山が歓喜の声を上げクラス中に響き渡る声ですぐ近くにいる境に向かって叫ぶ。
どうやら全部と言うことは今俺が悩んでいる問題も黒岩はできたらしい。俺はやっぱこいつもすげえんだなと心の中で感心していると、
「ちょっとこれ借りるぜ!」
借りて言い?ではなく借りるぜとさも借りられるのが当然と思っているかのような発言。
黒岩は見向きむせずなんも言わない。
その様子に目もくれず、すでに全ての解答が載った用紙に目を向けながら満面の笑みで自分の席戻ろうとする。
促すどころかなんも言わずに持ってかれちゃうじゃんか。
俺はそんな風に思い、結局深夜のテンションかよなんて少しがっかりしながら問題に取り組もうと意識を集中させようとしたとき、
サッ・・・。
何か変な音が聞こえた。
何か、何か風を切るような、そう、まるで紙のようなものが空を素早く移動したようなそんな音が教室の中に響き渡った。
思わず音のした方向を見る。
そこにはさっきとはうって変わった表情の関山とさっきまで座っていたはずの黒岩が席から立ち、関山が持っていたはずの紙を黒岩が持っていた。
そして関山の右手人差し指には切り傷のようなものがあり、そこから少量の出血をしていた。
そう、黒岩は素早く、なにも言わずに、一瞬で関山から自分のプリントを奪い返したのだ。まさに目にもとまらぬスピードで。紙によって皮膚が切れるくらいにスピードで。
「は?なにお前・・・おい聞いてんの?」
数秒経って何が起きたか理解した関山の表情は一気に怒りの形相へと変わっていく。
黒岩はなにも答えない。
クラス中が注目する。
「おい指どうしてくれんだよ、切れたんだけど、めっちゃいてえんだけど」
それでも黒岩はなにも言わない。
「おいまじでお前調子のんなよ・・・!」
指を切られた痛み、自分より下だと思っていたクラスメイトに反発されたことに対する悔しさ、そしてドスのきいた声で二度話しかけても無視されるという屈辱からとうとう言怒りが爆発仕掛けたその瞬間、
「こっちこそどうしてくれるの。答案用紙が汚い野生動物によって汚れたんだけど」
いつもからは考えられないような冷たい、また関山のとは違った方向でドスのきいた声でそんなことを言う。
「お前マジなめてるとぶっころ・・・」
「お前は!」
黒岩が突然大きな声で叫ぶ。
「自分が!どれだけ!みんなにとって迷惑がられているか!嫌われかけているか!!!わかってて言ってんのか!!!???」
「っ・・・・」
突然の黒岩の大声と態度の変貌に思わずびっくりしたのか関山は黙る。
「普段から無駄に声はでけえわ、授業中はうるせえわ、なにを持って自分が上と勘違いしてんのか偉そうに振る舞うわ、プリントを勝手に強引に取り上げておいてその上お礼の一言すら言えないようなゴミクズのお前らが逆に嫌われてないとでも思ったのか?」
先ほどではないが強い口調でそんなことを言う。
すると少ししてまた怒りが湧いてきたのか
「お前だけはまじでゆるさねえ・・・」
そういって関山は黒岩の胸ぐらを掴む、さすがの今の黒岩も片目を瞑りながら怖がるような素振りで防御の態勢を取る。
ついに関山が殴るかと思ったその時、
「いい加減にしろよお前らぁ!!!!!!!」
先生もまた黒岩とは比べものにならないくらい大きな声でぶちぎれた。
関山もびくっとなって止まる。
こいつやっぱ思ったとおり、大詰めではびびりだ。
俺ははふと急に結論づける。
そして先生は冷静にさっきとは真逆の冷静かつ落ち着いたいつもよりやや小さめな声で。
「担任の原田先生に報告な。特に関山、お前」
そう言われた瞬間関山の表情が、いや、クラスの野球部全員の表情が見たこともないな青ざめたものに変わる」
そして関山が
「い、いやあのほんとごめんなさい・・・もう絶対こんなことはしません!なので今回だけはほんとお願いします!」
とんでもない慌てっぷりで謝罪をする関山。だが
「だめだ、今日の授業はここまで、演習プリントの回収は今日はしません、残りの時間は教室の外にはでないように、教室で過ごしてください以上」
そういって早々に教室から先生は出て行った。
教室は静か。皆固まっている。
唯一室井だけが物理基礎の教科書に目を通し暇を潰していた。
それを確認した後俺はちらっと野球部の連中の様子を伺ってみると、関山は境は、いや他の二人も計四人全員がこの世の終わりのよう青ざめた顔をしていた。
それを眺めながら俺は
こんな風になるのに後先も考えれずにあそこまで暴走しちゃうとか本当に、特に関山といつやつは猿並みの知能の壊滅的な馬鹿であり、びびりだな、なんて考えながら少しの間その顔色を見て楽しんでいた。
しかしこの後、後先考えれずに壊滅的な馬鹿なのはその通りだが、あれほどまでに青ざめ、世界の終わりのような顔をしていた理由も衝撃的な形で納得する羽目になるのであった。
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