幸せとは不幸の反動の基にあり、不幸とは幸せの反動の基にある1

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記憶 ~ 怪物  キーンコーンカーンコーン  六限目の授業も終わり帰りのホームルーム開始の合図のチャイムが鳴る。  いつもならこのチャイムと同時にホームルームが始まるのだが今日は違う。 そう、いつもなら必ず時間通りに戻ってくる担任の原田がいないのだ。 しかも『今日』に限って。 しかしその理由は俺や野球部の連中だけでなく全員がおおよその予想はついている。   そう、今日の二限の物理の時間に起きた事件、おそらくこれについて物理担当が原田と話しているのだろう。  かといって授業に騒ぎ、担任に報告など別に珍しくもないためクラスの大半は理由はわかっていても自分たちは当事者でもないため特に気にすることなく友達と話すなり携帯を眺めるなり、本を読むなりしてをその暇を潰していた。  そして俺はと言うと、野球部の連中を眺めていた。 そいつらは全員いつもとはうって変わって誰とも話すことなくじっと一点を暗い表情で見つめ何かを考えているようだった。 ほんと状況によってあれほど態度を変えられるのも一種の才能だな。 俺は面白がる気持ちと少しの苛立ちが混ざったような気持ちでそんなことを考えていた。  すこし気がかりなのはどうして他の二人まで同じ表情をしているのか、だが。  猿の仲間意識ってやつか。  そんな風にふと浮かんだ疑問にも多分違うであろうテキトーな結論をつけ、別のやつを見る。  一方の黒岩というと、こちらは余裕綽々、というかこいつは全く悪くなく、自分でもそれをわかっているため特になにも考えてないような表情だった。  まあ多分色々考えているだろうけど。   定刻を十五分過ぎても状況は変わらない。  「いやさすがに遅くない?部活遅れちゃうんだけど」  「それな、十五分はやばい」  さすがに遅く感じたのか、クラスの窓側の席の女子二人がそんなような会話をしていた。  他の生徒たちもさっきほどの陽気さはなく徐々に苛立ち始めていた。  まあ十五分は遅いわな。  俺もそんな風に思う。  しかし俺は少し楽しみでもあった。 なぜならあの普段猿のようにうるさい野球部がここまで深刻そうに黙りこくってるのだ。なにとは到底思えん。間違いなく説教はされるだろう。それが少し楽しみなのだ。調子に乗った猿どもがどんな面下げて怒られるのか。 もっともホームルームは普通にやり、問題の原因である関山、境、黒岩を放課後呼び出し説教という可能性も大いにあり得るため、そうなれば単に俺らはなんの目的もなく待たされただけということになるのだが。 そんなことを考えていると、 ガラガラガラガラ。 教室のドアが開く、生徒たちはやっとかよと言わんばかりにため息をつく。 「ごめんごめん遅くなった、少し急用でな」 あら、思ったより明るい。 「せんせいおそーい」 ここまで長いからこそ何かはあるだろうと思っていた他の生徒たちも同じことを思ったのかさっきの女子二人組の一人がそんな軽い感じで非難する声を上げる。 「わかったよごめんな」 先生も軽く謝る。 野球部の連中を見てみたがやはり思った以上に明るいのかさっきほどの深刻そうな顔は幾ばくか緩和されているように見えた。 なんもないのか?物理の先生もあれほど言っていたのに。 少しがっかりだ。 「保護者へのプリント、絶対渡すように」 着々とホームルームのやるべきことがこなされていく。 まあいいか早く帰れるなら。 なんも言わないなってことはさすがにないだろうし、やはりこの場ではその話はしないらしい。  「全員行き届いたか?なかったら言えよ」  普段からプリントが配られたらその概要と共に先生の話を少し聞いてホームルームは終わり。だからこれが帰りだ。  結局十五分無駄に待たされただけか。  そう思っていると  「はいじゃあそのプリント鞄にしまって全員こっち向いて」  いつもと流れが違う。他の生徒もそう思ったが、何か空気の変わりを感じたようで戸惑いながらもプリントを鞄にしまい、前を向いた。やはり雰囲気がさっきとは違う。  「え~十五分も待たせて申し訳ないのですが、今日はまだホームルームは終わりません」  なぜかいきなり口調が丁寧になり、原田はそんなことを言う。  やはりか、終わらんよな。  全員が悟る。  そして原田が続ける。  「え~今日の物理の時間、ちょっと問題が起きたと物理担当の先生から聞きました。関山と黒岩が渦中にいると、も」  本格的に内容を話し始める。  「担当の先生からある程度話しは聞いていますが、改めて君らの口から説明を聞きたい。関山黒岩どっちからにしようか・・・そうだな、関山説明できるか?」  「ツッ・・・はい」  そういって原田は関山を指名。ビクッとなりながらも関山は返事をし説明を始める。  「え~自分は今日の物理基礎の授業の演習の問題でわからない箇所が出てきてしまい・・・考えてもわからなかったのですがそれでも解きたいと思い周りの人から少し強引にプリントを借りてしましました。しかし僕と同様でわかってない人も多く、いろんな人に借りてった結果、黒岩君がわかっていたため、自分は驚き、それと同時にうれしくて少し強引に借りようとしたら、黒岩君も自分からプリントを奪い、そこからトラブルになりました・・・」  ずいぶんと丸く収めた説明をする関山。  原田は少し間w置き、  「そうか。次黒岩説明できるか?」  黒岩は答えない。  「黒岩?どうしたなんか都合悪くて言えないことでもあるか?でもおれある程度しか聞いてないからなるべく話してほしいんだが・・・」  「まず少しじゃありません」  黒岩が原田の言葉を遮り、発言する。  原田も黙る。  そいて黒岩は続ける。  「少し強引にとか言っていますが、全然少しではありません。もう普通にそのまま言葉通り強引、まるで借りられるのが当然とばかり思っているのか前の席の人から順番にプリントを取り上げては、お礼も言わずに半ば放り棄てるように返していきます。さぞみんあ嫌だったでしょう。そし前から後ろへと、僕の所に来ました」  「棄ててはねえよ!」  関山がちょっとした黒岩のうまい表現に焦りを感じ反応する。  しかし見向きもしない。説明を続ける。  「僕は他のみんなと同じようにプリントを取り上げられました。その時彼が言ったのは借りるぜでした。借りてもいい?ではなく借りるぜと。そして持って行こうとされました。その時に今までの行動やその発言にすごくむかつき僕は素早くプリントを奪うと、関山君が逆ギレしてきました、意味がわかりませんでしたが、先生が止めてくれたためなにも起きずにすみました」  「なにもって?」  原田が黒岩の気になった発言に質問する。  「いえ・・・胸ぐらを掴まれたため殴られるのかなと」  原田は黙る。  「以上です」  黒岩が終わりを告げ少しの沈黙が流れる。  そして原田が口を開き関山に質問する。  「なんか最初のお前の説明と大分違うように聞こえるんだが、何か間違えはあるか?」  関山は焦燥感のある表情をしながら  「いや・・・棄ててはないです・・・普通に返したつもりでした・・・」  「他は?」  「他はまあ胸ぐらは掴みましたけど殴るつもりは・・・」  質問され関山もなんとか言葉を紡いでいくが  「でも掴んだんだよな」  「はい・・・」  原田に少し強く質問されそのまま答える。  空気が重い。  沈黙が流れる。  そしてまたも原田が  「お前は自分が悪いのにもかかわらず、身勝手に行動し、それを嫌がった黒岩が抵抗したら逆ギレし、ましてや胸ぐらを掴み始めた、と。黒岩は殴れるかもしれないとさえ思った、そしてお前の暴走により先生も止めに入り、授業は終了と・・・」  原田がことのいきさつをまとめるかのように沈黙の中一人でそういう。  関山や黒岩はなにも答えない。クラスもシーンとしている。  「お前は何部だ?関山」  またも原田が沈黙を破り、関山にそう投げかける。  関山は黙っている。  いやそれはやばくね、こういうときに黙るのが一番やばい。  口調からは冷静な感じが出てるが俺にはわかる。原田は全然冷静じゃないし、いつその怒りを露わにしたっておかしくない。  なんなら怒鳴る可能性だって大いにある。  関山が怒られんのはどうでも良いし寧ろ怒られてほしいとさえ思うのだが、俺はびっくりするのが嫌いだ。急には怒鳴らないでほしい。 だから今回の最悪手の黙るって手段はやばいから警戒していたのだが。 「お前は何部だ?関山」 またも全く同じ質問。さすがにこれに答えないとやばい。 「・・・です」 関山が意味わからないくらい小さな声でそう答える。 「ん?」 しかし原田も聞き返す。さてどうなる。 「野球部・・・です」 次はある程度聞こえる声で。 「そうか、お前野球部か。都合が悪くなったら逆ギレし、授業妨害をし、他人に迷惑をかけあげくの果てに授業を終了させるようなやつが本校の野球部にいたか。」 少し声を大きくし、とてつもない威圧感で関山に問い詰める。 「おい聞いてんのか?」 「聞いてます・・・」 「あ?おいちょっとこっち来いよ」 原田が関山に前に来るように命令する。 「え・・・」 「いいからこいっていってんだよ」 「・・・はい。」 関山はさっきと同じ青ざめた表情でためらうも、原田のいつもとはまるで違う表情と目にやられしぶしぶ前へ出る。 なんで前に呼ぶんだ。ビンタでもする気か。 すると 「ツッ・・・!」 「こうやって??こうやって掴んだのか?あ?」  なんと原田は関山に黒岩に掴んだときのことを聞きながら関山の胸ぐらを両手で掴む。すごい力なのか関山は声を出せない。だから答えられない。それはそうだ。いくら野球部とかいえど体格は原田の方が一回り大きい。そんな男に両手で胸ぐらを掴まれた、びっくりするのも合い合って声なんか出せるはずがない。  「あ??聞いてんだよ!こうやって掴んだのか?????」  「うっ・・・い・・え」  「聞こえねえんだよ、あ??お前なめてんな」 学校の教室でとは思えないほど異質な光景が広がる。みんな唖然。声も出ない。俺もさすがにびびる。 父親にバットで軽く殴られたりしたことはあるがあくまで父親、他人からこれほどのことを、ましてやこんクラスみんなが見ている前でされたらたまったもんじゃないし、そんなことをできてしまうあいつは普通じゃない。その狂気さにさすがの俺も恐怖を感じた。 室井もこればっかりは予想していなかったのか、めずらしく何もせずその光景をじっと見ている。 そして、 「あーだめだ・・・お前は!!」 そういいなんと胸ぐらを掴みながら教室の外へと連れだし、ガラガラガラガラ、ドアが閉められる。 そして 「おい!!聞いてんのかよ!!!あ???お前がやろうとしてたことはこういうことか???なら俺がお前にやってやるよー!!」 廊下に怒号が響き渡り、やばいことが起きているのだろうと予想させる原田の声が聞こえてくる。 俺はもう一度クラスの連中を見渡す。廊下でのやりとり、原田の姿が一時的に見えなくなったため、何人かの生徒は恐怖を和らげるためか、今自分の中に湧く衝動を沈めるためか、数人の男女は引きつった顔で後ろや横を向き、声にならない声で何かを話している。 まあ特に女子からしたら余計怖いわな。実際暴力を受けたことがある男の俺ですらびびる。他の男子も基本は暴力など振るわれないだろうから怖くて当然だ。みんな当たり前の反応。室井や黒岩だっていつも通りとはほんの少しだけだが違う。 だが・・・・。 ん? 俺はある連中の姿が目にとまる。 野球部だけは誰とも話していない。じっと机あたりを見つめ、少し青ざめた表情で何かを考えているような。 なにか違和感を感じた。このクラスに三十人ほど人がいる中でこいつら野球部も青ざめていて、他のクラスの連中となんら変わりがなく、あるとすれば見ての通り、誰とも話していないくらいだ。だがそれもこいつらだけではなく、他に話していない生徒も何人かはいる。だが俺の目にこいつら野球部の姿は目に止まった。 なぜだ?なにかが、なにかがおかしい。周りと比べてみればそこまで差違のない反応、表情、決定的に違う箇所など見たところではない。しかし何かが違うのだ。他の連中とは決定的になにかが・・・。 ・・・! そこで俺は気付いた。こいつらにだけ目がとまった理由。何が違うのか。 そう、クラスのみんなは、予想していなかった光景に衝撃を覚え、皆教室で初めて見せる反応や表情をしている。 そしてそれは俺や室井、黒岩も同じ。 しかしこいつら野球部の表情や反応には見覚え、既視感があるのだ。 それは、今日の物理基礎の先生が報告すると言い放った時、そしてホームルームに原田が十五分遅れ、それを待っていたあのとき。その時と全く同じなのだ。そこでようやくこいつらの大げさ、過剰反応とまで言える表情の意味がわかった。 こいつらはこうなることを予想していたのだ、原田がホームルームで説教をし、関山に暴力を振るうことを。 そこまで考えて俺は新たな結論に行き着く。ではなぜか、なぜ予想していたのか。 理由は簡単、知っていたからだ、原田がキレたらこうなることを。 ではなぜ。 それも簡単。やられたことがある、もしくは実際の目で同じ光景を見たことがある、に他ならない。 全員が全員この短期間でやられたとは思えないのと、あの関山の呼ばれたときの表情と野球部四人の表情に大きな差がなかったことを考えると、四人のうちの誰かだけが受けた可能性も低いと考えられる。 ともすれば考えられるのは見たことがあるという場合に限られる。野球部の同学年もしくは先輩の中に今の関山と似たような目に遭っている光景を見たことがあるのだろう。だからこそ予想できたのだ。 これはやばい。最初に感じたあの直感は間違っていなかった。 今日やられたのは関山だったが、必ずしも野球部にのみやるとは限らない。俺らだってそれ相応のことをすればやられる可能性は全然ある。 俺はそこで小さく口を開く、 「むろい・・・」 「おん、さすがにやばいはあいつ」 室井も同じことを考えていたようで呼んだだけでその意味をくみ取り返事をしてきた。 「それな」 そしてその会話が耳に入ったのか黒岩も苦笑いを浮かべ同意してくる。 やはりさすがのこの二人でもあれにはびびるか。 そんなふうに考えていたところで ガラガラガラ 気付けば先ほどの怒号も静まり、原田が入ってきた。 そして少し遅れて関山も・・・と思ったが関山は入ってこない。 死んだか。いや死んでない。死んだような顔をして廊下に立っている。俺の席のこの角度からだと調度見える。 一体何をされたんだか。 原田のしたことは紛れもなく教師としてあり得ない行為。 だが同時にざまあ見ろとも思う。調子のっていきっていたやつが叩きのめされたのは実に満足。 これでもう当分調子には乗れないだろう。 もっともそれでも乗るようであれば俺なりに打つ手は考えているが。 「じゃあ号令、帰りの挨拶」 戻ってきた原田が何事もなかったかのように指示を出す。 先ほどのような表情はもうない。 やはり危険なやつだ。 そうして挨拶が交わされ下校した。
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