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三 トップこそ道具
俺には利用する、される、し合うといった偽りの友達関係など一切作らないが、かといって全く関わりを持たないわけではない。話しかけられれば話すし、席の近い連中ともクラスのやつとも必要に応じてコミュニケーションは取る。コミュニケーション自体は苦手ではないのだ。ただ彼らと同じ土俵には立たない。
「あー安野それとってー」
隣の席の井池が昼休みに数人と自分の席の付近で談笑しながら昼食を摂っている。
安野と呼ばれた井池と同じバスケ部のやつもそのうちの一人、安野尊。あとはこの前勉強会にいた荻野流星。あとは今崎慧と桜井裕吾の計四人のクラスメイトたち。
俺はいつも通り、一人除いて残り四人は楽しいのだろうかと疑問を軽く覚えながら動画を見つつ彼らの会話に耳を傾けてみる。俺は昼食は摂らない。
「そういえばみなみはどうなったんだよ」
井池が少しいたずらっぽく安野に会話を吹っかける。
「あー!そうだよあの後話したの?」
「え、俺も聴きたいわ!」。
と他の二人、今崎と桜井も面白がるようにそして安堵したような表情で話に乗っかる。
安野の表情が変わった。
今彼らがしているのは所謂恋バナというやつだ。
この前帰り道にそのみなみとかいうやつとばったり会ったとかでその話をネタにしているらしい。
そう、ネタにしているのだ、実際問題誰だって現時点で続いてる恋バナを、しかも片思いであればなおさら話のネタなんかにされて良い思いをするやつなんかなかなかいないだろう。
楽しいのはあくまでその話を聞く側、井池たちにある。
「いや・・・別になんもないよ、ちょっと話したくらい」
少し歯切れが悪く顔が引きつりながらも四人に向けて安野が答える。
嫌ならこの話嫌だって言えば良いのにな。
俺は心の中でそう思いながらもそんなことは出来ないことを知っている。
今の時代あからさまにカーストというものが表に出てくることは昔に比べてないと思うし、井池も勉強は出来ないがさすがにバスケで全国へ行くだけの実力を持ち、それに付随してか他の面ではかなり頭が回る。そうこともあり、立場を付けるならこの中では一番、他の場所、部活を含めてもかなり上と他の連中からは認識されていると見える。
そしてこいつ自身も口には出さないだけでかなりそういうのを意識していて、自分の立ち位置もしっかり把握してるだろう。
「いやぜっったい嘘だよな、ちょっとじゃないだろ、逆にちょっとでなに話したの?」
安野の発言を嘘と決めつけ、たたみかけるように井池が聞く。
他の二人の今崎と桜井も好奇心の目ともう一つ別の感情を持った目で安野を見つめている。
いつもならこの辺で・・・。
「いやだからそんな大した話なんてしてないって!」
安野も今回に関しては珍しく口を割らない。いつもなら大抵のことは井池に問い詰められたら言ってしまうと言うのに。
「いやいやいや、は?大したことないならなおさら言えるじゃん。なんでそんな言いたくないの??」
いつもに比べて思い通りに行かないことに苛立ちを覚えたのかやや怒り気味で井池が問い詰める。
「い、いやさあ、本当に、うーん」
なるほど今回に関しては相当嫌な訳か。
他の今崎と桜井も同じように思ったみたいでさっきみたいな好奇心の目はもうしていない。
俺は思う。
こういう時こそ『この道具』が一番の役割を発揮してくれる。
そう思い俺は軽い口ぶりで
「ははっ 井池お前絶対自分の恋バナされたら怒るだろ」
と笑いながら、さも今の空気を全く把握していないような口ぶりで井池に言う。
「いや怒んないから、つかだいたい嫌なら嫌って言ってこんなどっちつかずな回答しないし、嫌じゃなければ普通に言うし」
さすが井池、うまく自分の立場と地位を利用して瞬時に切り返してくる。
ただ俺がこれ以上井池にわざわざ真剣に何か言う必要はない。
俺は
「なら俺も今度井池の彼女の話聞くわ」
と笑いながら冗談を
「嫌なのは答えないからね」
と井池は言ってくる。
「わかったよ」
少し流れを変えたところで俺はテキトーに返事をして動画に目を戻す。
一、二分ほどして様子を見てみたがさっきの会話はもうしてないらしい。
まあ俺からしたらさっきの会話が続こうが続かなかろうがどうなっても良かったんだけどな。
今の流れを見たら俺は強要された質問攻めを嫌がる安野を助けたかのように見えるかもしれない。でも本来の目的は全然違う。
俺は確かにあいつらを友達だと思ってないしあいつらの関係がどうなろうと知ったことじゃない。
しかしもしあいつらの関係自体を利用し、少しでも今後のために俺という存在を強く、美化させ大きく見せておくことを楽に行える手段があるのなら他にやらない手はない。
そこであいつら五人の中には絶対的な上下関係があることに目を向けた。
五人全員が明確な立場を持っているかは定かではないが井池がトップにいることは間違いない。
先ほど井池が安野に恋バナを振りかけ、その際に今崎と桜井も好奇心の目を向けると同時に安堵の表情もしていた。確かにあの中で多少なりとも意見は言えてもまじの状況で井池に意見できるやつはいない。おそらく今回はたまたま安野だっただけであのようなネタ話をされるのが今崎や桜井、そして荻野の場合もざらにあるんだろう。
安野が強めに問い詰められている途中浮かべていた安堵とはまた違った好奇心と共に向けられていた目はおそらく哀れみ、同情と言った類いのもの。
自分たちも少なからず同じ経験、同じ状況に立たされているから分かるのだ。だが言えるやつはいない。
だから俺は動いた。安野への質問攻めを止めてあげたい訳でもなく、みんなのために気持ちを代弁したいわけでもない。
あの全員が井池に萎縮してる中で俺がなにも考えてない風に外から井池に意見することこそが効果的なのだ。良い感じに切れぎみの時に。
別に俺が意見した後質問攻めが終わらなくたってなんの問題もない。
普通であれば同い年のクラスメイトなんかに上下意識たる気持ちなど湧かないだろう。
部活でとか、喧嘩した際にとか、それこそ第一印象の時、あとはグループである程度の期間過ごしたことによるものなどと言ったきっかけが必要。しかしどれもある程度は時間や苦労、もしくは運などなが伴うもの。
だが一つだけ一瞬でその上下関係自体を利用し、自分の有利な状況に持って行くことが出来る方法がある。それは・・・
『そのグループのトップに位置するやつにはっきりとものを言うことだ』
俺が発言したとき、ましてやそれが他の連中が思っていたことを半ば代弁し、はっきりと言ったとき、その他の連中にはどう移るか。
自分が言えない相手に言えてるやつがいる。この時点でそいつらが俺のことを詳しく知らない場合、生き物の本能上少なくとも同等に見ることが出来なくなる。しかも今回に関しては実際にその質問攻めも終わるというおまけ付き。
安野からしたらどう映るだろうか。同情や哀れみの心を持ちながらも意見できなかった今崎、桜井、荻野からしてもどう映るか。
そしてさらに井池自身からしても俺は深くそのまとまりと関わっていなくあくまで井池と個人的な関わりを持ち、その上テスト前に勉強を教えているという手前井池自身も強く当たってこないことは分かっていた。
そのためだけに俺は会話の内容、まとまりの上下関係、そしてそのまとまりの中のトップたる存在に位置する井池を道具に使ったのだ。それでもなお俺は、あいつらと友達関係を築き、グループに入ることはない。
なぜならグルや友達関係を構築してまで利用するくらいならそもそも関わりを持たない。そして何より、今回に関しては一歩引いた環境にいても俺が一方的に違和感も変化にも気づかせることなく利用することが出来るから。
そしてそれを可能にしてくれる存在は紛れもなくその中のトップたる存在に他ならない。
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