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記憶 ~ もう一つの根源
俺は中学校での思い出とは別にもう一つの忘れることのない縛られた記憶がある。
それは
俺は中学時代に学校とは別に課外で野球のクラブチームに入っていた。
そこでの記憶を思い返してみて、嫌なことだけだったと言うことはないだろうが、記憶の表に出てくるのは嫌な思い出、今でも思い出すと胸が苦しくなるようなものばかりだ。
まず第一に俺は俺自身がそのクラブに入り、野球をしたかったわけじゃない。
父親に半ば強制的に話を進められ入部するに至ったのだ。
その上活動日は週に六日。学校が終わってからグラウンドに向い、明かりのある施設で夜練習。
帰宅時間は大体午後十時頃、そこから風呂に入り、食事を取りとやっている合間にあっという間に時間が過ぎ、次の日学校、そしてまた練習の日々。そして土日は当たり前のように一日中練習。
はっきり言って地獄だった。野球が好きでやっているやつならまだしも好きでもない、楽しく感じるわけでもない、何か目標があるわけではなく毎日のように父親と監督の圧に怯えながら通う日々。
もうなんのために生きてるのかさえわからなくなる。
その上俺にはもう一つ苦手なものがあった。
雰囲気だ。
俺はチームメイトが醸し出していたあの暑苦しい感じの雰囲気とのりが苦手で大っ嫌いだったのだ。無駄に声はでかいし野球の実力で無意識か意識かすぐに優劣を付け始めて接するし、すぐ人を馬鹿にして楽しんだりするくせに全てをのりで片付けようとする。馬鹿なのかなんなのか体を動かしていないときはそんなことでしか楽しめないような奴らで、その上にに三大欲求には人一倍貪欲で。
猿かよ。
そんな環境も相まってやめたくてやめたくて仕方なかったが、それでも俺の気の弱さ、意志の弱さ故に監督や父親の圧に怯え、口車に乗せられ、やめることが出来ずに三年間通い続けた。
中学一年生のあの出来事で決心したはずなのに、元々のキャラというものが確立されつつあった環境で、お人好しは少し改善したもののいきなり冷たく、強く当たることは出来なかった。
そのためからかわれたり、嫌な思いをすることを所謂ノリというもので片付けられ我慢しなきゃいけない日々、環境はクラブチームを卒団するまで続いた。
そして俺はこの三年間で野球というスポーツが、人がもっっと嫌いになった。
そしてここと中学校での出来事が高校での俺を大きく変えることになる。
その後俺の受験は無事成功し高校に入学した。
そのときに同じクラブのチームメイトだった三人も同じ高校に入学した。
そして俺以外の三人は野球部へ入部することとなる。
これがもう一つのきっかけ。
そして問題の俺を全く別人へと変える出来事が高校一年間に待っていたのだ。
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