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そいつは、抱きつくようにして、俺に覆いかぶさっていた体を離すと、こちらを覗き込むように、顔を近づけてきた。
「あたしが必ず救ってあげる。だから、安心して目を閉じて」
俺は、そいつをよく見ようと、目蓋を震わせた。しかし、目蓋は、俺の意思に反して、大きく開かれる事はなく、やはりうっすらとしか開かなかった。
限られた視界いっぱいに映るそいつは、逆光で黒い影のようにしか見えない。でも、繰り返し囁かれる声は、何故だか心地良く、その声に誘われるように、俺は、再び目を閉じた。
そして、意識を己の内から手放そうとした瞬間、耳元でゴソリという音が聞こえたかと思うと、閉じた目蓋の外側が明るくなるのを感じた。
だが、もう目蓋は、俺のいう事を聞かない。
遠のいていく意識の向こう側で、俺は、唇に柔らかいものが触れるのを感じた。触れた瞬間、意識が薄れかけていた俺の体に、ビリリと電流が走る。
俺は、この感触を知っている。
俺が、ずっと追い求めていたもの。
過去に一度、俺が無理矢理に奪い取ったもの。
「あたしだって、昔からずっと、アニキの事……」
俺の耳には届かない。
しかし、その声は俺の奥深くへと沁み渡り、やがて俺の心を温かく包み込んだ。
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