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疼痛は走り梅雨のリズムで
「――――、」
目の前が暗くなって。
少し、息が苦しくなった。
振り切るなんてできなくても、どうにか押し込めようと思っていたことが、突然甦ってくる。どうしよう、どうしよう、息が苦しい。
雨の日の。
使われていない駅の。
待合室。
ふたりきり。
誰もいない。
あの日も、そうだった。
暗い、夕方になる前の。
痛いくらいに静かな、駅。
「うっ、――――」
「おい大丈夫か!? なぁ、菜穂!?」
倒れそうになったところを俊哉に抱き止められて、やっと意識がはっきりする。辺りにはまだ仄明かりが残っているし、わたしたちはお互いにもう大人になっている。
付き合ってなんかいないし、ここで偶然再会するまでは何の関わりもなかった……もう大丈夫、大丈夫だ。
「はぁ、……はぁ、はぁ、」
荒くなる息を整えながら、ゆっくり彼から離れる。気遣わしげに見つめてくるその眼差しにまっすぐ返せないのが苦しくて、わたしは雨空を見るふりをした。
徐々に色を失い始める空を眺めながら、雨が弱まるのを待った――駄目だ、ここにいたら。雨の日にはいい思い出がない、特に雨の廃駅なんて最悪だ。
乗り越えたつもりだった、振り切ったつもりだったのに、同じ状況になったらもう駄目だった。早くここから立ち去りたい、そればかり考えてしまう。
「なぁ、菜穂」
気遣うような、優しげな声。
でも、わたしは知っている。
俊哉のこの声は、違うって。
ちょっとのきっかけで変わって、それで、それで。
「とりあえず座れって、な? なんだろな、血圧とかか? てか最近寝てないとかないよな、大丈夫かホント? ほら椅子なら空いてるしさ、ほら」
「……っ、いい、って」
「んなわけあるかよ、とにかく来いって!」
手を引かれて、半ば強引に待合室の椅子に座らされる。誰がどういう用途で使ったかわからない――けど想像には難くないようなそんな椅子に、あの日と同じように。
「ちょっと飲み物買ってくるからじっとしてろよ、すぐ戻るから!」
立ち上がりたくても手足が妙に萎えて立ち上がれない、そんなわたしを椅子に座らせたまま、俊哉は外に出ていく。そして後には、降りしきる雨の音だけ。
今のうち、今のうちに出なきゃ。
俊哉の気が変わらないうちに、ここを出なきゃ。
焦燥感ばかりが込み上げて、それでも手足はろくに動かなくて。
『なぁ、いいじゃん別に』
底冷えするような低い声が、雨音に混ざって――――
「おまたせ、大丈夫か!?」
身が竦んで動けずにいるわたしのもとに戻ってきて見つめてくる俊哉の瞳は、それでも記憶よりもずっと優しかった。
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