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追想は篠突く雨に誘われて
厚い雲の向こうで宵闇が迫ろうとしている梅雨のある日。勢いを増す雨音だけがうるさい廃駅で、沈黙を先に破ったのはわたしだった。
「……なんか久しぶりだね」
「おう、元気にしてた?」
「――うん、」
俊哉と付き合っていたのはごく短い間のことで、別れた理由はと訊かれれば自然消滅としか言いようがない。俊哉がわたしを恋愛対象として見なくなって、わたしもそれに対してどこか安堵すら覚えて。そんな終わりだった……それ以上のことは、正直そんなに覚えていない。きっと学生時代の恋なんてそんなものだし、あとはもう、敢えて思い出すようなものではないと思う。
俊哉もその辺りは同じなのか、昔のことについて口に出すようなことはしなかった。少しずつ詰めてこられる距離にたじろいで少し離れてしまったのに反省しながら、なんとか気まずさを解消したいと思っていたら、自然と口が開いたのだ。
「わたしは普通に元気。俊哉は……元気そうだよね」
「ははっ、見える? ま、元気なのは否定しないけどさ」
「やっぱり」
手探りのような気まずい会話。
すぐに止まる言葉の応酬は、そのままふたりの間に開いた距離の大きさを表していた――一時期誰よりも一緒にいたとは思えないほどに、彼のことがまるでわからなくなっていた。
たぶん俊哉もそれは同じだったのかもしれない、所在なさげに改札の向こうを見やったり、そのうちフラフラと歩き回り始めた……なんだかその落ち着きのなさが子どもみたいに見えて、思わず笑ってしまう。
「え、どうかした?」
「いや別に、なんか変わらないなって」
思えば、昔も俊哉はこうだったかも知れない。子どもみたいにまっすぐなところがあつたり、気ままな面があったり、見せる笑顔が眩しかったり……なんかいろんなところがこの目の前の人にもあったんだな、と懐かしさとともに、その光景がもはや遠い過去のものになっていることに物寂しさも感じて。
ほんの少しだけ軋んだ心をごまかすように笑みを作っていると、俊哉が駅の待合室の扉を開けた。曇ってほとんど外が見えない、磨りガラスかと間違えるような仕切りで外界から隔てられている、ほとんど人の立ち入らない一室。
けど、そういう場所だからか電車を待つのとは違う用途でこの部屋に滞在する人は今でもいるみたいだった。俊哉がドアを開けたときに漂ってきた据えたような臭いと、いくつか目につく使いっぱなしで捨てられたものやらも、あの頃と同じで。
「――――、」
頭が、鈍く痛むような気がした。
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