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手慣れた調子でワインと生ハムを注文している姿を見ても、結局何も思い出せなかった。
こんな距離でこんな美人と一緒に飲んでりゃ、絶対覚えていそうなものだ。
「えーと……、ごめん。どこで会ったっけ?」
「うーん、まあ、一回しか会ってないし、しょうが無いかなぁ」
仕事関係か? だとしたらオフタイムとはいえ失態だ。
アルコールで緩んでいた体の隅々が、急にきりりと引き絞られた感じがした。
「ほら、そこの交差点で私が声かけたの、覚えてない?」
ぎ……逆ナン? いやいや、そんな素敵な体験したら絶対に覚えているはずだ。
逆ナンはおろか、ナンパだってした事ないんだから。
「じゃあ、その時の感じで言ってみるから、思い出してね」
「あ、はあ……」
彼女は椅子の上で姿勢を変え、体ごと俺の方にやや向けた。
それから一つ咳払いをして、笑顔を浮かべる。
「ねえねえ、お兄さん、今ちょっと時間ありますかぁ?」
こ、この鼻にかかった甲高い声は……。
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