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▽▽▽
その日は寄り道をせずに真っ直ぐ帰るという選択をした。
と、前方に見慣れた姿が見えてくる。泉樹だ。
彼が外灯の下に立っている。そのまま通り過ぎようとする。
「ねえ、覚えていますか?」
昨晩とかわらず同じことを聞いてくる。
手にもっているものもかわらずにナイフだ。
少し逡巡してから、私も同じ言葉を選んだ。
「えっと……どちら様?」
泉樹のまん丸の瞳が、揺らめく。
無機質で在りながら傷ついているようにもとれる。
そうさせているのが私だと思うと、申しわけなく思う。と、同時に肌が粟立つ。
「僕は片時も忘れたことなんてないのに、あなたは残酷な人間ですね」
自分の手を見る。それから泉樹へと視線を移した。
(忘れたことなんてない!忘れたいとも思っていない!)
口に出して叫び出してしまいそうな感情を飲み込んだ。
そのかわりに意地悪く笑ってみせる。
「私、物覚えが悪いので」
嫌味もそっとつけ加える。
カッとなった泉樹が掴みかかってくる。
そのまま二人して道路に倒れ込む。
このままいけば、今度こそ泉樹の望みは叶う。
「お巡りさーん!こっちです」
その声に泉樹は舌打ちをする。そして走り去ってしまった。
こうなることはわかっていた。
「そうなるように選択した」
だから今日も生き抜いてしまった。
それが不満だったりもする。
(なんてワガママなんだろう)
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