◇趣味は読書*浩人

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◇趣味は読書*浩人

 類は、喋らない。  余計な事を喋らない。  というか、必要な事も、喋らない。  高校に入って、3日目のホームルーム、一人ずつ前に出ての自己紹介time。  先生は、こう言った。 「名前、性格とか趣味、入ろうと思ってる部活、好きなもの、芸能人、なんでもいいぞ、アピールしたもん勝ちだ」  難しい事言ってるなー……こういうのが嫌いな奴も居るだろうに。  オレは別に苦手でもないからいーけど。  ア行と、カ行の皆が終わった。  性格とか、敢えて言わなくても、この自己紹介してる姿だけでも結構分かる。  積極的・消極的。リーダーぽいか、ついてくタイプか。人前が好きか嫌いか、言葉の選び方で、卑屈なのか前向きで明るいのか。それに希望の部活や、好きなものが加わると、もう、7割くらい、どんな奴か分かる気がする。  そういう、人を読むのが、オレは割と得意。  分かりやすい、ア行とカ行の皆が終わって、類が前に歩いていった。  類は何て言うんだろう。  すごく楽しみ。  なにせ、この2日間。  前後の席を良いことに話しかけても。  「うん」「ん」「ううん」「いや……」  ……それ以外の言葉、聞いたっけ。  最初の日に、「類って名前カッコイイな。呼んでもいい?」と聞いたら。「嫌だ」と言われ、終わったし。  オレが言葉に詰まるとか。滅多にないし。  あまりの即答の嫌、に、本当に面食らった。  心の中で、類って呼ぶことにしたけど、とりあえず、直接は「桜木」と呼んでる。  だから、類がどんな奴なのか、まだ全然分かってない。  ……とりあえず、分かったのは、  「オレに、類って呼ばれるのは嫌」って事くらい。  それがオレだから嫌なのか、  会ってすぐだから嫌なのか、すら、分からない。  ……ほんと、何なんだ…。  肘をついて、口元隠しながら、苦笑いが浮かんでしまう。  前に立つと、類は、まっすぐ前を向いた。  誰とも視線を合わせない。  多分、教卓の後ろにある、後ろのホワイトボードのど真ん中を、見据えてる。  恥ずかしがる訳でもなく、皆の視線から逃れる訳でもなく。  ただ、まっすぐ。凛とした瞳。  ああ、なんか、綺麗――――……。  ぞく、と、背筋に何かが走った。 「――――……?……」  何、今の。 「桜木 類です。趣味は読書です」  涼しげな声で、それだけ言うと、さっさと教壇を降りた。  そこまでの奴らと比べてもあまりに時間が短すぎて、あまりに情報が少なすぎて、皆がざわついた。担任が「桜木、それでいいの? 他にはないのか?」なんて、聞いてる。  「ないです」と答えて、類は、皆に不思議そうに見られてるのも構わず歩いてきて、オレの前にすとん、と座った。  は。すげ。――――……全然どんな奴か、わかんねー。  あまりに、心地いい程分からなくて。  くっ、と笑ってしまった。 「佐原、次お前だぞ。何笑ってるんだ?」 「いいえ」  立ち上がって前に立って、クラスの皆を見回した後。  類をまっすぐ見つめた。  興味無さそうにぼんやりしてたのに、ふ、とオレの視線に気付いて、口をすこし尖らす。 何だよ、とでも思ってるのかな。 「……佐原浩人です。趣味は読書です」  そう言って、にや、と類に向かって笑う。  ……まあオレ、趣味、読書じゃないし。  仲いいやつは、オレが本なんか読まないの知ってるけど。  皆は、オレがふざけてるんだと思って。  はやし立ててくるけど。そっちは無視。 「なので、良い本、教えてください。桜木類くん」  言うと、類は、眉を寄せて、視線を逸らした。 「以上で。 あ、あと、バスケも趣味です」  最後にほんとの趣味だけ言って、教壇を降りた。  担任は、やれやれと言って、「ここ2人見習わず、もうちょっとちゃんと自己紹介するように」なんて、次の奴らに言ってる。 「ハードル上がるじゃんか、やめろよなー」  ぶつぶつ言いながら、オレの後ろの奴が前に出て行った。  クラス全員。  わりと分かりやすい奴らなのは、分かった。  全然、どんな奴か分からないのは、類だけ。  おとなしくて話せない訳じゃない。  緊張して、一言しか出ないとか、人前が嫌いだとかじゃない。  まっすぐ前を見るとか、むしろ普通できない。  前の席、綺麗なうなじを何となく目に映しながら。  口元が、なんだか緩む。  ――――……おもしろ。  ……類。 (2021/7/8)
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