願い石

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願い石

  私がいつも身に付けている青い石のネックレスがある。  その青い石は願い石と呼ばれ、私から発現したものだった。 * * * * * *  一年前……入学してから2週間程たったある日、突然に講習が休講となり暇が出来てしまった。  さて、何をしようかと訪れた大学の図書館。  広いフロアに並ぶ本棚は三階にも渡る。  その一階、隅の一角のDVDコーナーに彼、ゆうくんがいた。  同じサークルで顔を合わせてはいたが、まだその頃は入ったばかりで話をしたことがなく、目があったらコクッと頷く程度だった。 * * * * * *  それから度々、休講があったり、授業を入れていない時は図書館へと足を運んだ。  その度に彼は、お馴染みのDVDコーナーでDVDの棚を眺めていて『この人はちゃんと授業受けているのだろうか?』と興味が沸いて話しかけたのが私達の始まりだった。 「こんにちわ、佐々木祐司くんでよかったよね?」 「そうだよ……春野由香(はるのゆか)さんですよね?」 「そうそう!」  聞けば、彼と私は取った全講義が同じだった。そうか、だからいつもここにいる感じがしたんだと理解できた。  でもなんだかモヤモヤが残った。なんと言うか縁みたいな。  その日の帰り、電車のホームで待っている時、上着のポケットにゴツゴツとした違和感を感じ手を入れてみた。  すると、この青い石が知らない内に入っていた。 * * * * * *  そんなこんなで、彼とは一緒にいる時間が長くなった。  サークルの同学年の定員は四人なんだけど結局、私と彼しか集まらなかったし。  そんな中、サークルのイベントや小旅行を通じて、どんどん彼に引かれていく自分に気が付いていた……。  でも、踏み出せない自分がいた、自分の体の事はよく知っていたから。  サークルのイベントや小旅行だって、参加するか凄く悩んだ。  でも、ママやパパが後押ししてくれたから行く勇気が出せた。  忘れもしない、あれは去年の春、ゴールデンウィーク一週間前のこと。  サークルでゴールデンウィークに小旅行があるって知らせを受けた。  行きたかった、でも体の事を考えると恐くて、すぐに諦めかけていた。  その日の夕飯はハヤシライスだったなあ、私、好きなんだ。  温かい湯気とともに沸き上がる コクのある香り。  ツヤツヤとしたルーをふっくらとしたご飯に掛けて口に運ぶ、 するとほどよい酸味と共にコクのある香りが鼻の奥を押し上げ、絡み合った塩味と甘味が口いっぱいに広がる……これがママの味。  その時のママの作ったハヤシは私の心を紐解いてしまった。  独りでに涙がこぼれた。  そしたら「どうしたの?学校で辛いことでもあった?」ってママが聞いてくれた。  私は、涙が止まらない目を隠して答えた。 旅行に行きたいんだってことを。  たぶん、止められるだろうなど思ってた。  突然に両肩を掴まれママをみた。  ママもまた目に涙を溜めていた。 「思いっきり生きなさい。やりたいことをしなさい。後悔の無いように。」  嬉しかった……でも次の言葉が強く胸に刺さった……。  そんな体に産んでしまってごめんなさいって、ママ、力になれなくてごめんなさいって……。  私こそ何も出来ないのに……。  だから私は、最後までママの言う通り、思いっきり生きようと思った。  そして、私はゴールデンウィークの小旅行に参加して、夏休み始めの北海道小樽旅行にも参加した。  しかし、やはり無理があった。 北海道旅行から帰った私は自宅で倒れ、夏休み中、入院。  そして、余命18ヶ月の宣告を受けた。 * * * * *  入院とは本当に退屈だ。やることと言えばテレビをみる程度、後は窓から外を見上げる事か。  時折外から聞こえてくる楽しそうな声が、この前行った北海道旅行の記憶をよみがえらせる。  ゆうくんにも先輩達にも、心配かけたくないから秘密にしているものだからお見舞いも来ないし……、ああ、本当に退屈だ。  そんなある日、体力も戻ってきたので、ふらっと中庭へ散歩に出かけた。  エレベーターで一階に降りた。先の中庭に続く廊下、電灯が付いてはいるのだが外の明るさに負けて薄暗さを感じる。  進むにつれ、眩しい位輝く外の風景は夏の暑さを帯始める。大気も揺らめき、見るからに暑そうだ。  それでも、私は引かれる様に進んだ。ガラスの引戸を開け、この退屈な入院生活から逃れる様に外に出た。  みぃーんみんみー、じーじーじー、ツクツクホーシ。  と耳いっぱいに広がる虫の音。ジリジリと肌を照りつける日光。全てを焼いてくれそうな夏だ。  突然、強い風が吹いた。その風は不思議で、私の頬をムギュっと楽しんだかと思うと、右向け右をさせてきた。  視線の向こうには、炎天下の中に一人でベンチに腰かけるおばあさんの姿があった。  強い日差しを涼しげに浴びる姿は上品で、可愛らしい帽子に日に焼けないようにスカーフを巻く小綺麗な服装のおばあさん。  歳を重ねたシワはあるもののどこかあどけなく、大きな目にスッと筋の通った鼻筋、若い頃は大変な美人さんだったことがうかがえるおばあさんだった。  ふと、彼女はゆっくりと左手を持ち上げこちらを見た。  そして、驚いた事に彼女の薬指に私と同じ様な青い宝石の指輪がはめられていた。  おばあさんはにっこりと微笑んだ。 「この青い石は願い石という。さあ、こっちへおいで、これがなんなのか教えてあげよう。」  青い石……願い石……。私は言うわれるがまま彼女の元へ歩みよった。 「この石は、絶対に叶うことの無い恋をした者に発現する願い石と呼ばれるものなんだよ。微力ではあるが力になってくれるはず、肌身はなさず持っているといいわよ。」  そう言うと彼女は私をジッと見詰めた。帽子の影から覗く澄んだ瞳は、照り付ける夏の強い日差しに負けないほど強い光を感じる。 「彼はどんな人なんだい?」 「とても優しい人です。」  そうかい、と彼女はその一言を聞いただけで満足そうに笑みを浮かべて、じゃあねと屋内へ消えていった。  私は間も無くして退院となった。あれ以来彼女に会うことは出来なかった。 * * * * *  大学も新学期が始まり、秋になって、ゆうくんから告白を受けた。  彼の誕生日、十月二十五日のことだった。  彼とは、家の方向が一緒で、駅も二駅離れているだけだった。  ガタンゴトンとお決まりのリズムで走る帰りの電車。町の家々の陰に、照れ隠れしようとする太陽に車内をオレンジ色に染め上げられ、心から温かい。  私は彼にささやかな、でも心のこもった手作りのクッキーをプレゼントした。  夕日に染まった彼の笑顔は、まぶしいくらい明るく見えた。 それだけでも……うれしかった。 …………。 「出来れば、これからずっと僕の誕生日を祝って欲しい。」  唐突だったものだから、最初はその言葉の意味を深く理解出来ていなかった。  とぼけた顔して「うん」と答えた私に、彼は困った顔を向けた。  私は再度「うん?」とニュアンスを変えて繰り返した。  いまだに心地良いリズムを刻む電車。ポカポカと温かい車内。誰もいない車内。気が付けば私達二人だけの車内。  彼が次の言葉を発する前に、その言葉の意味に気付き、彼を見上げる。  彼は深呼吸をし、そして私に真剣な眼差しを向けた。  透き通るような琥珀色の瞳に一筋のオレンジ色の光が突き抜ける。  綺麗なその瞳に私が映っていた。私が住み着いてしまったみたいに。  意味がわかったのに言葉が出せず、期待と胸の鼓動を高めて顔を赤らめる私……。 「好きなんだ、僕と付き合って欲しい。」 とても嬉しかった。 * * * * *  二月十四日の今日の映画デートは、付き合い始める事になかなか踏み出せなかった私が、付き合う口実として半ば強引にとりつけたデートだった。  あれは十一月始めの事、彼の十月終わりの誕生日の時にもらった返事をまだ返すのに戸惑っていた時。 ……何事もなかったように過ごしてたんだけどね。  その日は、ちょっとした買い物に付き合ってもらってたんだ。  そうしたら、この映画のポスターに目を奪われ、そして引き込まれた。 題名は『月を見たあなたは』……。  私は、これを一緒に見に行ってくれるなら付き合ってあげるって、偉そうに言った。  そしたら彼は嬉しそうに「わかった、ありがとう」って答えたんだ。  だから今日のこの映画は、付き合う事に一歩踏み出す勇気をくれた、大切な映画だから。  今日という日は、また頑張って進展しようかな?なんてことも考えていた。  約束してた映画見て、チョコ渡して、二人でフラフラ歩いて、オシャレなとこでお夕飯食べて、駅のホームでもう少し一緒にいたいなんて言って、キスしてバイバイする……。  今よりちょっと頑張った、そんな普通の恋愛で良かった。  しかし、この映画から私の劇的なエンディングが始まってしまうなんて想像もしていなかった。  私をかばって、ゆうくんがトラックにひかれてしまった。
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