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あれから特に何事もなく、一週間が過ぎた。 梨央はあの日からずっと前のように俺に触れてこない。 結局俺も、それについて梨央に何か聞くことも言うこともなかった。 俺の発情期は、あの日1日限りで。 どうやら初めての発情期だったために、症状が弱かったらしい。 俺のフェロモンはまだ安定してないらしく、いつ次の発情期がきてもおかしくないとお医者さんに言われた。 梨央は過剰に心配していて、一人で出歩いてはいけないと俺によく言ってくる。 けど、番以外にフェロモンは効かないし、今は緊急抑制剤も常に持ち歩いているのだ。 そんなに危険はないと思うのだけど。 それに、いつ来るかもわからない発情期まで、ずっと行動を制限されるのは、正直気が滅入ってしまう。 「…あ、シャー芯きれた、、、」 少し迷ったが、近くのコンビニぐらい良いだろうと席を立った。 コンビニから戻り、自分の家の狭い庭に足を踏み入れたとき。 隣の豪邸から女の子が出てくるのが目に入った。 「え、」 長い艶やかな黒髪に、すらりと長い手足。 その猫目の大きな瞳と、目が合った。 「…鈴木君、」 この前俺に声をかけてきた彼女が。 …梨央の、家から出てきた。 「…あ、あの、俺、」 「丁度よかったわ。あなたに話があるの。」 何故だか、その場から逃げ出したくて堪らなくて。 家に入ろうとした俺を、彼女の凛とした声が呼び止めた。 「…話?」 改めて向かい合ってみると、彼女が間違いなく美人と言う分類に入ることがよくわかる。 アルファらしく堂々としたその態度が、彼女の凛とした華やかさをより引き立てているのだろう。 「人の婚約者に纏わりつくのはやめて下さらないかしら?」 …婚約? 「あなたがベータだったときはまだ良かったのだけど、オメガとなってくると話は違ってくるわ。」 「…婚約って、」 恐る恐る口を開いた俺に、彼女は平然と言葉を返した。 「私は、北原君の婚約者よ。」 …り、おの? 「オメガの方は所構わずフェロモンを撒き散らしてアルファを誘惑するでしょう。北原君にその意思がなくても、あなたの発情期に巻き込まれたら事故が起こる可能性だってあるわ。」 彼女の言い分は最もだ。 だって正しくその「事故」で、俺と梨央は番になってしまったのだから。 「…それとももしかして、フェロモンで誘惑して愛人にでしてもらおうって魂胆なのかしら?」 「っ、…お、俺は、」 「とにかく、北原君に纏わりつくのはやめてほしいわ。彼だって、そろそろ貴方の子守りから解放されたんじゃない?」 そう彼女は言い残して、側に止まっていた車にさっさっと乗り込んだ。 去っていく車の後ろ姿を、俺はただ突っ立ったまま見つめていた。
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