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オープニング
「たーだーいーまー……って、またお前来てたの」
「お兄ちゃんお帰りぃー」
家に帰ってきたら、既に家の電気は付いていて、妹の背中が見えた。実家を出てしばらく経つというのに、うちの妹と来たら、ほぼ毎日のように俺の家に顔を出すものだから、あんまり悠々自適なひとり暮らしという環境ではない気がする。
妹が俺の家のテレビにゲーム機を繋げて、真剣にゲームをやっている。テレビ画面いっぱいに、無茶苦茶綺麗な絵面の男共が映っている……なんか気のせいか、どの男共も血に塗れている。
「……お前、なんでこんなうちまでやって来て、血塗れゲームやってんの?」
「だからお兄ちゃん家でやってるんじゃない。こんな血塗れ乙女ゲームを家でやっていたら、お父さんとお母さんに心配されるじゃない。お兄ちゃんは二次元と三次元の区別が付いてるからいいの」
「いやいやいや、俺だってうちの妹がうちにわざわざやって来て血塗れゲームしてたら、普通に心配するよ!? うちの妹、性癖的に大丈夫かいなと!」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。オタク女子、刀とか戦国とか幕末とか大好きだから、血には結構耐性あるよ」
「さよかい」
たしかにどれもこれも血とは切っても切れないから大丈夫なのか……いや、大丈夫なのか? 知らんけど。
俺が洗面所で高校時代のジャージに着替え、ノンビールを飲んでスーパーのセール品の唐揚げ弁当食いながら、妹のゲームを眺める。本当は第三のビール飲みたいけど、妹が帰るとき送ってあげないと帰り道怖いよなあと思うし。
どうも血塗れな顔面偏差値高い男集団はエクソシスト……このゲーム内だと吸血鬼とかグールとかを狩っている集団らしい……であり、記憶喪失の主人公と交流を深めながら、各地で討伐していくゲームらしい。つまり血塗れなのは、吸血鬼やグールを狩った返り血らしい。怖い。
ゴシックホラー系の絵面が続いているなあと思ったら、画面に可愛い女の子が出てきた。
銀髪碧眼にゴシックドレスと、なかなか可愛らしい女の子だ。乙女ゲームって、全体的にサブキャラまで絵面がいいのは、女性プレイヤーを徹底的に気持ちよくするための配慮なのかなあと思いながら「こんな子もいるんだねえ」と言いつつ、ビールを飲んでいると。
「え、このキャラ。男だよ?」
ビールを吹いた。それに妹は顔をしかめる。
「お兄ちゃん汚いよ」
「ゲホッゲホッ……いや、すまん。いや、男の娘? 男の娘も落とせるゲームなの? これは」
「いや、このキャラ、マリオンっていうんだけど、主人公のお兄ちゃん」
「なんて??」
「主人公の政略結婚の身代わりになって女装して嫁入りしたけど、政略結婚先にキレられて殺し合いの末に相手を殺して家を乗っ取ったの」
「なんて????」
「主人公は実は吸血鬼の真祖で、平和主義な一族で人間たちと平和に暮らしていたんだけれど、人間を餌だって言っている余所の吸血鬼の一族に故郷を滅ぼされちゃったの。ふたりだけになっちゃった真祖に手を差し伸ばしてきたのが、吸血鬼一族の一画だったんだけれど、真祖は既に貴重な存在になっているから、相手は主人公に子供つくらせたいだけだって目に見えているから、マリオンは服を取り替えて妹を逃がしたんだよ。で、妹は逃げている途中で事故に遭って記憶喪失。マリオンは嫁入り先を乗っ取って一族の復讐に励むことになると」
「重い、重いよ!? あとオタク特有の早口止めよう!? むっちゃ説明長いよ!」
俺は呆気に取られるほど重い設定に目を回しつつ、画面を見る。
スチルだけ見ても、主人公と兄を名乗る美少女が並んでしゃべっていると、ただの可愛い女の子同士の交流にしか見えない。でも顔付きはよく似ているから、わかる人には兄妹だとわかるようになっているんだなあとしみじみと思う。
「まあ、今時乙女ゲームくらいしか、重たい設定付けてこないよ。ソシャゲで重いシナリオぶん投げたらライター降りろの署名活動とかするし」
「怖くない? 自分が止めりゃいいじゃん」
「私だってそう思うよ、ワールドイズマインが過ぎるオタクは多いんだろうね。キャラを人質に取られてるとか言うけど、そもそもキャラはオタクのもんじゃなくってゲーム会社のもんだから。話を戻すけど。この兄妹の場合もこれだけ重い設定があるにもかかわらず」
「かかわらず?」
「……マリオンが助かるルートがないんだよ」
「ひどくね????」
いや、故郷滅ぼされた挙げ句に、妹助けるために女装して嫁入りし、嫁入り先乗っ取って一族の復讐に走ったって、無茶苦茶それだけでシナリオ読みたいじゃん。なのにこの兄助からないの? びっくりだよ!
妹はそれに「そうだよ、ひどいんだよ!」と言う。
「ヒロインのリズはむっちゃいい子なんだけれど、何故か神の手? プロデューサーの手? そういうのが無茶苦茶透けて見えるんだよ! これだけ壮大なネタがありながらも、それがシナリオに全く組み込まれてないの! ただ彼女の人生が壮絶だったって裏設定くらいにしかならないの! 攻略対象とのシナリオにも、全く、なにひとつ、かかわらないの!!」
「なんで???? 一応聞くけど、この設定ってシナリオ共通なんだよね? どの攻略対象のときにも、その過去背景はあるんだよね?」
「あるよ! でも何故か特定キャラのルートじゃないとこのネタ開示されないし、リズも記憶取り戻さないし、基本的にマリオンが死んでも全然、悼んでくれない!! だってこれ乙女ゲームで、リズと攻略対象が中心で、兄は彼女の人生におけるスパイスポジションだから!!」
「無茶苦茶ひどくね??????」
「誤解しないで欲しいのは、マジでリズも攻略対象もいい人なんだ! ただ全体的にシナリオがヒロインと攻略対象以外に全然優しくないだけで、攻略されるときでなかったらメインキャラすら死ぬってだけだから!!」
「全方向に向かってひどくね????????」
たしかにここまで無慈悲だったら、鬱シナリオですぐに署名活動するようなプレイヤーではやってられない、覚悟ガンギマッたプレイヤーしかできねえなあと、俺は妙に感心してしまい、同時に同情した。
どれだけ妹を思っても全然思い出してもらえないし、彼女の人生になんの影響も与えない兄。同じ兄ポジションとして、どれだけオタクで早口でなんか怖いゲームが好きだとしても、それなりに仲がいい妹がいる身としては、マジでどうにかならんかったんか、という気持ちが強い。
そうこう言っている間に、妹がゲームのキリのいいところまでできたらしく、セーブしてから帰る準備をはじめた。
俺も送っていく準備をする。
「そういえば、このゲーム。名前は?」
「『禁断のロザリオ』! ゴシックホラーファンタジー乙女ゲームです!」
「長くね?」
そう言いながら、ふたりで家を出た。
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