花束

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花束

「ねえ、覚えてる?前に一緒に行った水族館。そこでこの前、イルカの赤ちゃんが生まれたんだって」 柔らかい表情で君は俺にそう言った。昔を懐かしむようなその表情に、俺の中の君との思い出も疼き出す。 君と出会ったのは中学生の時だった。騒がしい俺とは違って、大人しかった君。それに加えてクラスも違ったから、あまり関わることがなかったけれど、周りの友達が君の話をしているのはよく聞いていた。 「あの子、可愛いよな。付き合いてえ」「わかる」また今日も君の話題が出る。聞けば、頻繁にこんなことを言ってるくせにまともに話したこともないとか。いろいろすっ飛ばしすぎじゃないか?確かに可愛い子だけれど、もっといろいろ知りたいとは思わないのかと不思議だった。 初めてちゃんと会話をしたのは、空気がすっかりと冷たくなった冬になってからだった。偶然が重なって、話をするようになった俺と君。少しずつ縮まっていく距離と、初めて見る君のいろんな表情。 友達が言っていた通り、君は近くで見ても可愛かった。だけど、不意に見せる笑った顔はその何倍も可愛いかった。努力家なのに自分に自信が無いところ、周りの人を大切にできる優しいところ。知れば知るほど、どんどん君に惹かれていった。ほら、だからもっといろいろ知りたいと思わないのかって言ったのに。いや、思っただけで言ってないか。 君の隣はとても心地良くて、ずっと一緒にいたいと思った。そう気づいて言葉にした俺に、恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうに君が頷いてくれるまでは、そう時間はかからなかった。周りの友達には抜け駆けすんなよ!と殴られたけど。 君と付き合って半年経ったくらいの頃に、初めてちゃんとしたデートをした。電車とバスで一時間以上かけて行ったのは水族館。 部活ばかりで遊ぶ時間があまり取れない俺に、君は怒ることも拗ねることもせず応援してくれていた。それどころか、ようやく一日一緒にいれることが決まった時には「せっかくの休みなのに出掛けて大丈夫?ゆっくりしたくない?」と心配までしてくれる始末だった。 それが彼女の優しさだということは分かっていたけれど、一緒にいたいと思っているのは俺だけなのかな、なんて不安になったりすることもあって。それでも、 「久しぶりのお休みなのにありがとう。今日はたくさん一緒にいれるから嬉しい」 二人肩を並べて電車に揺られながら、繋いでいる手にきゅっと緩く力を込めて幸せそうに笑われてしまっては、不安を抱えていたことなんてすっかり忘れてしまうのだから君には敵わないなあと思った。これからもずっと、こんな風に隣にいられたらなんて思ってた。
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