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「二人か」
「ああ二人だ」
「あいつらは銃を持っていた」
「持っていた事にな」
「あいつらは俺達の縄張りで暴れた。そして銃を出して」
「解った。クズを一匹調達してこよう」
「タマとチャカは合わせておけよ。下手な芝居は大根役者で充分だ」
「任しておきな。俺はプロだぜ。」
「プロ」
清水の小さな目が不思議そうな色を写したまま、いかにもやくざ、な風体の男を捕らえた。
男、五木は角刈りの頭を揺らしてそんな清水を鼻で笑う。
「プロもプロ、この道23年の大ベテランだ。世の中は結局芝居小屋なのさ、自分の土俵で上手く立ち回った役者がいつも一番旨い汁を吸える。はん、俺達ゃ伊達に高い金を懐に入れてる訳じゃねえのさ。ちゃんとそれなりの理由はある。人は多かれ少なかれ皆、役者なのよ」
じっ、と視線が清水をとらえる。
……そのセリフは何か違う意味を含んでいたが気がつかない振りをしていると、不足を補うように次の言葉が清水の背中にまとわりついた。
「…お前は俺と違って賢いからな。先だっての不慮の事故でオヤジと姐さんがなくなった後を一人娘のお嬢の後見人として組を切り盛りしてるが、いまや実質の親分だ。そんなお前だからこそ、解ってくれると思うから無粋な事は言わないでおくがよ。役者はドーランを落とせば役柄からただのつまんねえ人間になる。…だがな、役になりきり過ぎて現実に戻れねえ役者はそりゃあ可哀想なもんさ」
なあ清水。廃人になりたくなきゃあ戻れる内に戻ってこい。
そう、暗に五木は言っているのだ。
清水は返事の変わりに足を一歩踏み出した。握る柄は清水の第二の関節である。
そこから生える刃物は清水の腕である。…これをずっと遮二無二振るって来た。垂直に斜め袈裟にいろんな角度でだ。
切る。
それは物質と物質が触れ合った際の摩擦で生じる反応である。だから相手の懐に素早く踏み込んで円を書く。その際には肩幅まで足を開いて膝を屈めて素早く引くのだ。
えいやと力を込めて思い切り、切っ先からめり込ませて清水はそのシュミレーションを、喚き散らす野良犬共の顔を借りて脳内で行いながら呟いた。
「五木」
「おう」
「俺は3才の時からお嬢さんを見てきたよ」
「おうよ、昔っから不思議とお前にだけは懐いていたな。特別怖いおじちゃんなのにと皆で笑っていたもんだっけ」
清水、構える。足は飛び出す体制だ。五木はゆっくりと煙草に火をつけた。
今夜の彼に見せ場はない。後片付けをする小間使いだ。
彼は哀れみを持った目で本日の主役を見る。朴訥に話す声は絞り出す様だ。耳が聞こえなきゃ良かった。小間使いは思う。
「俺にも家庭があったなら、あの子と同じ位の子供がいた筈だ。俺は」
「…言うな、虚しくなる」
「…お嬢さんは可愛いなあ。目が落ちるんじゃないかと思う程でっかくて、手を握りしめたら壊れるんじゃないかと思う位にちっさくてな。めんこい顔で俺の事をおじちゃんおじちゃんと言うんだよ。今はおじさまおじさまって言うんだよ。そんな子を放っておけるのは鬼だ、魔物だ。俺はな、お嬢さんの為なら鬼でも獣でもなんだってなってやるさ」
革靴に捻りをくわえ、清水はもう一言吐いたかと思うと戦場に突っ込んだ。
鬼が人を殺している。その光景を見ながら耳に残った親友の言葉を思い返して五木は苦々しく息を吐いた。
「…クソが」
五木、俺はいいおじちゃんの役柄で終わりたいんだ。
そう、彼は笑って言ったのである。
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