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「おじさまお帰りなさい。わたくしおじさまの足音が聞こえると頭が冴えてしまうようなの。今まで起きていた訳ではないのよ?本当に。嘘だと言うなら由香里さんに聞いてみたらいかが?」
みどりは、案の定起きていて、そっと襖を開けた清水は大きな瞳と真っ暗闇の中で視線が合ってしまった。
18歳の割にあどけなく見える日本の美。寝間着代わりの浴衣から見える足はなまめかしい。
清水はふとすれば緩みそうになる頬を引き締めて気難しい顔を作る。
「…お嬢さん。お手伝いさんはとっくに帰っていますから、あなたが寝ていたかどうかなんか解らないでしょう?ただ私が見ていた時には起きていた。毎度毎度これでは…明日の外出は取り消しですな」
「もうっ、おじさまのわからずや!わたくしが明日の日曜日を楽しみにしているのを知っているのに!ばか!とんま!」
ほっぺを膨らませて枕を清水に投げつける様にたまらず清水は笑った。
軽く枕を避けると電気をつけて女の子らしい部屋に入った。みどりは機嫌を取ろうったってそうはいかないぞ、と言ったようにベッドの上でそっぽを向く。
みどりは大きな家のたった一人の主だ。
両親が亡くなって一人では危ないだろうと清水が一緒に住んでいる。
他の者、例えば親戚だかが一緒に住もうかと提案をしたがみどり自身がきっぱりと拒んだ。
清水は組長が死んだ後、みどりが婿をもらって一人立ちをするまでの組長代理であり両親の代わりだ。
(…横顔が姐さんそっくりになってきたなあ。眉の形はオヤジさんだ)
悲しいような、嬉しいような。
そんな気持ちになりながら清水はみどりの前に立つ。
美しいこの子供は清水の存在意義だ。
極道の道に入り、清水は組長に忠義を立てて家族も作らず、人を蹴落とし憎んで、からからに乾いていく心を抱えながらなにかに飢えているのを感じて生きてきた。
生きていく上で必要ないものだと自分で断ち切った守る物や人の繋がりが清水には足りなかったが断ち切った後ではもう遅い。
飢えて飢えてもう少しで気が狂いそうになった時、この娘が清水を救った。
彼女はもう忘れているだろうが、あの日の事を清水は鮮明に思い出せる。
遠い過去、組長の膝の上で遊んでいた幼子が、気難しい顔をしていた清水の顔を見て笑った。
執拗に清水の顔を見て手を差し出す娘に、おい清水、抱いてみろ。みどりはお前の面が気に入ったみたいだぞ。
冗談半分で組長が呼んだ。
お嬢さんはとんだ面食いになりますぜと皆が笑っている中で清水は小さな子供を抱いた。
やわらかくて乳臭くてしっかり抱いてやらなくては落ちてしまいそうになるその童子 。
おじちゃん、おじちゃん 。おじちゃんはいいにおいね。
必死にしがみつきながら紅葉のような手で清水の頭を撫でる。
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