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根
「新しい遊びを思いついたの」
姉はそう言って天使のような微笑みを浮かべて俺に近づいてきた。
「もう、いやだよ。虫は恐いし、辛いのも食べたくない」
「あら、うふふ。大丈夫、今度は痛くも恐くもないのよ。だってシリルは可愛くなるんですもの」
「いやだよ。僕男の子だもん。可愛いのなんていやだ」
嫌だと言っても姉は止めてくれない。姉は笑いながら従兄弟のロメインを呼んできた。
ロメインが出てきたら力でなんて敵わない。どんなに暴れても押さえつけられて言うとおりにされてしまう。
「私、パーティーに出ても自分が可愛い可愛いって言われるのが飽きちゃったのよ。だから、シリルを女の子にしてみんなの前で披露するの。可愛い可愛いって言われたところで、男の子ですってバラすのよ。楽しそうでしょう」
「シリルは男のくせに女みたいな顔しているからな。みんな騙されるぞ、面白そうだ」
「やだ…やだよ!恥ずかしいことしないで!」
どんなに泣いても、面白いと思ったら姉もロメイン聞いてくれない。
今日は大きなお屋敷で開かれているガーデンパーティーに来ていたが、二人に子供の控え室に連れていかれて、姉が持ってきていた予備のドレスに着替えさせられた。
「髪も切るのを面倒くさがっていたからちょうどいいじゃない。髪型も女の子にしましょう」
人形遊びのように姉に髪を編み込まれて、リボンを付けられた。
「ほら、可愛い!!ルーシーちゃんの完成よ!」
当時は姉と姉妹に間違えられることが多く、それが嫌でたまらなかった。それなのに、女の子の格好をさせられ、誰にも見られたくなくて、俺はどうにかして逃げ出そうと考えていた。
みんなの所へ行こうと姉が先頭になって控え室を出た。ロメインに腕を掴まれながらそれに続いたが、途中で掴まれた腕が痛いとロメインに訴えた。
女の子の格好をしていたからか、ロメインの力が一瞬弛んだのを俺は見逃さずに、その隙をついて腕を振り払い、屋敷の中を走って逃げ出した。
上の階に逃げると見せかけて、俺は窓を乗り越えて外へ逃げた。遠くで、人々が楽しげに語らい合う声が聞こえた。そこから離れなければと、庭の奥へ向かって走った。
たくさん走ったと思ったが、子供の足だからそう遠くへは行けなかったと思う。
木柵が壊れている箇所を見つけて、隠れるのにちょうど良さそうだと思ってそこに潜り込んだ。
「わぁーー………、すごい大きなお花の国だ」
木柵の中は、たくさんの種類のバラが咲き誇る楽園だった。しばらくはその美しさに、逃げていることも忘れて感動していた。好奇心が出てきて、どの花が一番綺麗か夢中になって探し始めてしまった。
気がついたら入ってきた場所も忘れて、どこまでも続く同じような景色に恐怖を覚えた。しかし、助けを求めたら、姉とロメインに見つかってしまう。どうしていいか分からずに、俺はパニックになってその場に座り込んだ。
幼い心に様々な恐怖が押し寄せてきて、ぽろぽろと涙が溢れてきて止まらなかった。
心の中で誰か助けてと悲鳴を上げていた。
その時声がした。
とても優しい声だった。
怯える俺にその声の持ち主は、守ってあげると言ってくれた。
恐怖で固まっていた俺の心が少しずつ溶けていくのが分かった。
見上げると黒い髪の男の人が立っていた。兄と同じくらいの歳に見えた。そしてとても綺麗な目をしていた。ここに咲き誇るどんなバラより美しかった。
俺はやっと一番を綺麗なバラ見つけた。
それは、紫色の瞳だった。
「君、名前は?」
本当の名前を言いかけて、俺は口を押さえた。こんな格好をして恥ずかしいと思ったのだ。だから恐る恐る口を開いた。
「る……ルーシー……」
「ルーシー、ここにいると怒られてしまうから、俺の部屋に行こう。バラのトゲで刺したんだね。血が出ているから、手当てしてあげる」
その人が差し出してくれた手に、俺は自分の手を重ねた。
温かくて柔らかい手に包まれたら、怯えていた気持ちはもうなくなっていた。
「本当に守ってくれる……?」
「ああ、約束する」
そう言ってその人は微笑んだ。
その顔を見つめて俺も同じように微笑んだ。
「ありがとう……」
□□
「……んっ……ふっ……んんっ」
体の奥にむず痒さと軽い痛みを感じて、俺は身をよじらせた。
意識が徐々に浮上してくると、それがただのむず痒さではなく熱を伴う快感に近いものであることが分かって、俺は重い目蓋を持ち上げた。
「あ……え?ここは……?」
見慣れない天井が広がっていて、どこにいるのか不安になった。しかも薄暗くて、寝起きのぼんやりとした目では周りの様子がよく分からなかった。
「ここは俺の屋敷だよ。そうか、この部屋はまだ入ったことがなかったね」
アイロスの声がどこからか聞こえてきて、俺は不安だった気持ちが落ち着いていくのを感じた。
「アイロス様……、パーティーで、俺……急に寝てしまって……」
「そうだよ。俺と一緒にいて、シリルは寝てしまったんだ。大丈夫だよ、体も綺麗にして着替えてからこちらに連れてきたから」
「ありがとうございま……え……?」
アイロスの屋敷に運ばれて、ベッドに寝かされていたことは分かったが、どうも感触がおかしいと思ったら、俺は裸で何も身につけていなかった。
「はっ…裸?……なっなんで……」
「シリルと愛し合おうと思って。もう準備はしておいたから」
そこでようやくアイロスの姿が見えたと思ったら、アイロスはベッドの下の方にいて、俺の足を持ち上げてペロリと足先を舐めてきた。
アイロスもまた一糸もまとわない姿で、ランプの明かりの中に白い肌を浮かび上がらせていた。
「ああっ…ちょっ……、うっ……嘘……え?なっ…んで…」
混乱してベッドのシーツを掴んでなんとか起き上がろうとする俺を見て、アイロスはクスリと笑った。
「まさか、ずっと探していたルーシーがシリルだったなんて。どうりで見つからないはずだ」
「えっ……、なっ……なんで、その名前を……」
「シリルを見たときに感じた気持ちは間違いなかったんだ。シリルは俺のこと忘れてしまったの?幼い頃、あのバラ園で会って一緒に遊んだのに……」
「うっ……嘘!?あのお兄ちゃんが……、アイロス様?」
アイロスの話を聞いて、あのバラ園での出会いを思い出した。確かに紫の瞳には懐かしさを感じていた。それが気になってはいたが、あの頃のことをすっかり忘れていたのだった。
「すみません……、あの頃はよく姉にいじわるをされて、嫌な思い出ばかりで……アイロス様と出会ったことも、その……あんな格好をしていたから……」
「そうだね。金髪に緑の瞳、はちみつ色のドレスを着た可愛らしい少女だった。その子をずっと探していたのに、本当はドレスを着せられた男の子だったとは……、シリルには本当に驚かされる」
俺の足元にいたアイロスはベッド上を這いながら、俺を見下ろす位置までやってきた。その顔に今まで見たこともないような生気を感じて、俺は思わず手を伸ばしてアイロスの頬に触れた。
「あの時した約束を覚えている?」
「あの、守ってくれるってやつですか?……あっ…!」
頬を触っていた俺の手を取ったアイロスは、手首に強く吸い付いてそこに痕を残した。
「これはシリルが俺だけのものだって証だよ。あの時、ルーシーは俺にお友達になってと言ったんだ」
「友達ですか……」
幼い子供が考えそうなことだった。しかし、その頃から臆病だったはずの自分がそんなことを言い出したなんて、よほどアイロスのことが気に入ったのだと思った。
「お友達になってくれるなら、なんでもするって言ったんだ。だから約束したんだ。だったら俺の、俺だけのものになってって……、そしたらルーシーはいいよって笑ってくれた」
自分はそんな約束をいつの間にしたのかと驚いたが、子供がした口約束をいまだに覚えているアイロスにも驚いた。
「シリルはちゃんと守っていてくれたんだよね。ここはまだ誰にも触らせてないだろう」
そう言ってアイロスはいきなり俺の後に指を入れてきた。
「なっ……!!えええ!!そっ……そんなところ……」
突然異物が入ってきて、痛みが押し寄せてきてくるかと思ったが、想像していた痛みはなく、むしろアイロスの指を喜んで受け入れるようにズブズブと飲み込んでしまった。
「シリルが寝ている間に、ずいぶんとならして広げておいたから楽だろう?男同士の性交で使われる香油を中にたくさん入れておいたから、痛みは少ないはずだ」
何もかも展開が早すぎて気持ちも体も追い付いていかない。
膝をついて立ち上がったアイロスの欲望はすでに反り返るほどになっていた。その先端を俺の後孔に当てがったアイロスは入り口の辺りで感触を楽しむようにグリグリと動かした。
「なかなか見つけてあげられなくてごめんね。もう離さないから、これでやっと君は俺のものになるよ。ルーシー、いや、シリル……」
「くっ……う…うぁぁ…あああ!!あ…アイロスさ……ま……」
アイロスの硬く張りつめた欲望は、俺の中に容赦なく突き入れられた。香油の滑りと予めならされていたからか、力を込めても止まることなく、ぐんぐんと質量を増しながら、欲望は俺の中に入っていった。
「は……ああ………はぁ……うう…………」
「シリル……全部入ったよ。すごい眺めだ。俺のがシリルの中で脈打っているのが分かる?」
「あ……熱い……の……どくどくして……熱い……」
アイロスと繋がった後ろは燃えるように熱くて、早くこの熱をめちゃくちゃに散らして欲しかった。
「シリルの中に入っただけで嬉しくてたまらないよ……。自分にこんな感情があるなんて……。シリル、最初は動かないで……、このままでイきたい」
「え?あっ…あの……」
繋がったところは、ムズムズとしてきて、もどかしい熱が体を支配していく、俺のモノもすっかり立ち上がりボタボタと蜜を溢していた。
たまらなくなった俺は自分のモノに手を伸ばして擦ろうとしたが、アイロスにダメだよと止められた。
「……シリル、熱いね。二人で溶けてしまいそうだ」
「やっ…もう………擦りたい…、アイロスさま……変に……、熱くて……苦し……動い…て」
「集中してシリル、俺がナカにいることを感じるんだ」
「あぁ…うう…は……ぁああ!」
アイロスの欲望が熱く膨張したのを感じて、俺のナカはぎゅうぎゅうと伸縮してアイロスを締め付けた。
「んっ……いいよ、シリル……最高の締まりだ。もっと俺を感じて……」
「あっ……アイロス……アイロスさま……!」
俺はぎゅっと瞑っていた目を開いて覆い被さっているアイロスを見た。
アイロスの顔は思ったよりも近くにあり、白い肌は上気して赤くなっていた。
いつも氷のような冷たさで感情がないと呼ばれている人が、情欲に燃える目で俺を見ながら、汗を流して熱い息をはいていた。
紫の瞳にはいつもの美しさに加えて、全て飲み込まれてしまうような強さがあった。それを見た俺の体はぶるりと震えて、一気に熱が高まった。
「あっ………アイロス…さ…、あっ…あっ……ああ!!」
なんと俺はアイロスの目に捕らわれているのを感じただけで達してしまった。お腹の上に白濁がぴゅうぴゅうと飛んで、ナカのアイロスをぎゅっと締め付けた。
「くっ……っ……シリル……!」
俺の締め付けでアイロスもまたナカで達した。俺の奥深くで、怒張がドクドクと揺れて熱いものが溢れるほどに注ぎ込まれたのが分かった。
アイロスの体が落ちてきて、包み込まれるように抱きしめられた。余韻に浸るようにしばらく抱き合っていたが、アイロスは愛しそうに俺のおでこに何度も吸い付いてきた。
俺のナカからズルリとアイロスのモノが出ていって、快感の残りを感じて俺は小さく喘いだ。
「シリル……、背中の痣を見せて」
「え……?どうして……」
俺の背中には生まれつきの痣がある。数ヶ所に点々とインクが垂れたような痣で、よく姉にはインクの染みだとバカにされてあまり人に見せたいものではなかった。
俺をうつ伏せにしたアイロスは、その背中の痣を指で確かめるように触れた。
「んっ…くすぐった………」
「ああ……なんて美しいんだろう。ほら、シリルの肌が赤くなると、まるでバラの花びらのように見える。これを……ずっと探していた……」
「あっ……あっ…んん……」
アイロスは舌で痣の上を一つずつ舐めていった。ただの痣が、アイロスに花びらのようだと言われると特別なものになったみたいでくすぐったくて嬉しかった。
「ああっ…………」
「シリル、俺が出したものが中から溢れてくる、もっとたくさん注いであげる」
うつ伏せになった状態で腰を上げられて、後孔に指を入れてかき回された後、アイロスはまた怒張を孔に突きいれてきた。
「まだ祝福を受けていないから、子供は出来ないけど、早くシリルに俺の子供を孕ませたい。これから毎日子種を注いであげるから、全部残さず飲み込むんだよ」
「あんっ……あっ…あ……あっ……はげし……壊れちゃ………あっ………」
先程は動くことはなかったのに、今度のアイロスはすぐに抽挿を始めた。中に放ったものの滑りを利用して、パンパンと音を立てながら容赦ない激しい抜き挿しが続けられて、俺は我慢できなくて矯声をあげて喘ぎ続けた。
いつの間にか俺の放ったものでシーツが水溜まりのようになっていた。何度達したか分からないが、アイロスは強弱をつけて俺を責め続けていた。
だんだん枯れていく声と、途切れていく意識を感じながら俺は揺さぶられ続けた。
耳元で俺の名前を呼び続けるアイロスの声だけがずっと頭に響いていたのだった。
□□
「シリル様」
「んっ……」
眩しい光を感じてシーツに顔をうずめたが、俺を呼ぶ声が誰だか分かってゆっくり目を開けた。レナルドと名前を呼んだが、自分でも驚くくらい声がかすれていた。
「ごめ……もう、朝?」
「朝、ではないです。もうすぐ正午ですが大丈夫です。疲れているだろうから寝かせてほしいと旦那様より言われておりますので」
とっくにこの屋敷の主は仕事に行ってしまい、俺は大きなベッドを占領して一人で寝ていた。身につけるものなど何もなく、裸のままなのだが、レナルドは慣れているらしく淡々と支度を手伝ってくれる。男同士でもあるし、もう気にしないでされるがままに任せていた。
こんな風に気だるい朝を迎えたのはもう何度めだろう。パーティーの日にここに運ばれてから、アイロスは自宅へ帰ることを許してはくれず、ずっとこの屋敷に留まっていた。
別に鎖に繋がれているわけではないので、逃げ出すことは出来る。だが、ここから出ていったらアイロスは壊れてしまうような気がして、俺は動くことができなかった。
それくらいアイロスは俺を求めてくる。昼も夜も時間があれば体を繋げてくる。まるで、俺が消えていないか確認するかのようで、必死に見えるのだ。
初めは重すぎる気持ちに戸惑いがあったが、アイロスがふと見せる儚げな表情が気になってからは、求めには出来るだけ応じようと受けとめていた。
なにより、俺の心もアイロスを求めているのは同じだったから。
「レナルド、ごめんね。俺が、ここにいるから、仕事が増えてしまって……」
廊下を歩きながら、横にいるレナルドに声をかけると、レナルドは表情を変えずに、いいえと答えてくれた。といっても厚い前髪が目の下まで掛かっているので、口許でしか判断できないのだが。
「シリル様は大切なお客様ですから。それに、シリル様が来てから、旦那様は規則正しい生活をされてちゃんと食事を食べられるようになって、みるみる体調が良くなっています。こちらとしては、シリル様には大変感謝しております」
「そんな……俺は何もしていないのに、お世話ばっかりしてもらって申し訳ないくらいで……」
アイロスの部屋で生活するようになってから、書類仕事の手伝いすらしていない。完全に腑抜けた生活は少し居心地が悪いものもあった。
「………では、お手伝いいただけますか?」
気のせいかも知れないが、レナルドの口許が上がって笑ったように見えた。
思わず二度見したら、いつものように幽霊のような不気味さ漂わせていて、判断できなかった。
何をさせられるか不安はあったが、やっと俺に回ってきた仕事に心が軽くなって、俺は笑顔で頷いたのだった。
「こんなところにもバラが咲いているなんて、アイロス様のお母様はよほどバラ好きなんだな……」
屋敷の裏口から庭園に連れていかれた俺の目の前には、たくさんのバラが咲いていて、その美しさに感動しながら思わずそう呟いた。
「こちらは大奥様のバラ園ではありません。ここでは、バラ以外にも主に屋敷に飾る用の花を育てています」
「なるほど、それで、俺がこの中から好きなのを選んで切っていけばいいの?」
「ええ、屋敷に飾るものを選んでください。シリル様のセンスを期待しております」
男の俺にさらりと無茶ぶりするレナルドをじっと見ながら期待しないでくれと言って俺は手袋を付けてハサミを持った。
「こちらが談話室用、商談用のお部屋はもう少し抑えた色味でお願いします。玄関用は華やかなものを……シリル様、失礼ですが色の組み合わせがめちゃくちゃです。これでは、ただうるさいだけです」
「だーー!分かっているって!!だいたいこういうのってご令嬢が喜んでやるやつだろ!どの色が華やかとか全然分かんない!」
せっかく任された仕事の難易度が高すぎて、頭を抱え悩んでいた。組み合わせがどうとか言われて唸っているとクスリと笑う声がした。
「………今、レナルド笑っただろう」
「いいえ、気のせいです。お客様を笑うなどと……、滅相もないことです」
疑いの目でレナルドを見たが、やはり顔色ひとつ変えていなかったので俺は諦めて、素直に教えを乞うことにした。
「どういうのがいいか、切る前に教えてくれよ。もったいないし……。あっ…あれは?」
その時、花壇の端にあるバラが目に入って、思わず俺は駆け寄った。
それは紫色のバラで、アイロスの瞳の色に似ていたのだ。
これは欲しいと思って手を伸ばしたら、いつの間にか横にいたレナルドに強い力で手を掴まれた。
「失礼をお許しください。こちらはだめなのです。トゲに毒がありますから」
「え!?どっ……毒!?」
「はい。毒といっても弱いもので即効性はありません。一度や二度刺さるくらいなら危険はありません。ですが、繰り返し摂取し続ければ、やがて死に至る恐ろしいものです」
そんなものをシリル様が触れたら大変ですと言われてしまって、俺は仕方なく手を引っ込めた。
紫のバラはその身に秘めた毒のせいか、危うくとても美しかった。まるで、アイロスのようだと思ってしまい、頭を振った俺は急いで気持ちを切り替えたのだった。
□□
俺を抱きしめて寝ていたアイロスが、寝息をたてて深い眠りに入ったのを確認して俺はその腕の中から抜け出した。
テーブルに置かれた水差しを手にとって、グラスに注いだ後、ごくごくと音を立ててそれを飲み込んだ。
アイロスと抱き合った後はいつも喉がカラカラになってしまう。
今日も領地や工場を回ったというアイロスは少し遅い帰宅だったが、食事もそこそこに俺にキスを始めて、そのまま抱き上げられて部屋まで連れてこられた。
言いつけ通りアイロスの帰りを待つ間に、自分で後ろをほぐしていたので、壁に押し付けられてすぐに荒々しく欲望を突き入れられたが、俺の後孔は喜んでアイロスを飲み込んだ。
その場で一度達してから、ベッドになだれ込んだ。
大胆だったり、繊細であったり、アイロスはいつも色んな風に俺を求めてくるのでひたすら翻弄されてしまう。
寝返りをうったアイロスの背中を見て俺はごくりと喉を鳴らしてしまった。
その背中には痛々しい古い傷跡があった。肉が裂けて固まったような跡はおそらく鞭によるものだと思われる。
もう何度も見ているが、俺の痣など比べ物にもならないくらい痛々しくて悲しい傷跡に見えた。アイロスに抱きついてこの傷に手が触れるとアイロスの体はびくりと震える。そして、俺を求める勢いが増して、壊れそうになるくらい腰を打ち付けられる。
快感に喘ぎながら俺は心の中でアイロスの痛みをどうか俺に移してくれと願う。悲しみも痛みも一緒に全部注ぎ込んで欲しかった。
ベッドに戻った俺はアイロスの背中を抱きしめた。俺が出来ることは少しでも温もりを伝えることだけ、アイロスが俺に優しさをくれたように、俺も包み込んであげたかった。
「泊まりですか?」
「ああ、レイズ王子から商談も兼ねて晩餐の誘いがあってね。部屋も用意されているから、今日は帰れそうにない」
「そうですか……お気をつけて」
「ああ、行ってくる」
珍しく朝ゆっくりとしていたアイロスは、俺と一緒に起きて朝食を食べた。
その後、俺を抱きしめてきたアイロスは、俺を胸の中に閉じ込めたまま行ってくると言った。
しかし、そのままいっこうに動かないので、見かねたレナルドが咳払いをして旦那様そろそろと声をかけた。
「今日はシリルを抱けないなんて……、断ってしまおうかな」
「なっ……だっダメですよ!殿下とのお約束なんですから、ちゃんと行ってきてください」
「ああ、シリルに怒られてしまった」
俺の頭を撫でながら、アイロスが目を細めてふわりと微笑んだ。
こんな顔が出来たのかと思うくらい、アイロスはよく表情が変わるようになった。
その度に俺の心臓はドキドキとして、嬉しい気持ちで溢れてくる。
「シリル、いい子にしていてね。ちゃんと俺の帰りを待っていてね」
「はい。待ってます」
朝からこれでもかと、たっぷりと濃厚なキスをしてアイロスは馬車に乗って行ってしまった。
「旦那様は変わりました。シリル様のおかげです。大旦那様のゼイン様は、それは厳しい方でしたから……、亡くなられてからも、アイロス様は笑うことを忘れてしまったかのようでした」
小さくなっていく馬車を見つめながら、ふとレナルドがそう呟いた。執事というより、レナルド本人が思わずこぼしてしまった言葉のように思えた。
「レナルドはずっとこの家に仕えているの?」
「父の代からお世話になっています」
「………アイロスのお父様は、その……ひどくアイロスを………」
気になっていたことを口に出したが、上手く言葉が見つからなかった。変な聞き方になってしまった。真剣な雰囲気からレナルドは理解してくれたようだった。
「あの方のお背中の傷をご覧になりましたか。旦那様はあの傷を誰にも見せないようにされていましたから、シリル様はやはり特別なのですね。シリル様にはお話しします。……大旦那様は折檻に鞭を使う人でした……。アイロス様だけではありません。大奥様も苦しんでおられました」
あの傷から想像はできていたが、実際にレナルドの口からその事を聞くと、俺は言葉を失った。そして、また昔の記憶がぼんやりと浮かんできて、それを留めるように目を閉じたのだった。
「ほら、薬を塗ったからこれで大丈夫だ。よく効くからすぐに痛みもなくなるよ」
「ありがとう、アイロス」
アイロスの部屋にあった薬箱にはたくさんの薬が入っていた。俺が物珍しそうにそれを覗きこんでいると、アイロスは面白いものはないよと言った。
「……ルーシーは泣いていたけど、誰かにいじめられているの?兄弟かな?」
「……うん。内緒だよ。誰かに言ったら怒るって言われているから」
「俺は誰にも言わないよ。それにしても、ひどいね、そんな事を言うなんて……。ルーシーを傷つけるような、そんな家族ならいなくなってしまえばいいと思わない?」
アイロスが言ったことが理解できなくて、俺は首を傾げた。
「いなくなるって……、もう会えないってこと?」
「そうだよ」
「それは……いやだ……」
俺がそう言うと、優しそうに微笑んでいたアイロスは急に冷たい表情になったので、心臓がきゅっと痛んだ。
「………どうして?ルーシーにいじわるをするんでしょう」
「ぼっ…わっ…わたしは……いじわるをされるの、いやだけど……。いなくなったら悲しいし……、いやだ」
「………………」
俺が拙い言葉で気持ちを言うと、冷たい表情だったアイロスはふっと力が抜けたような顔になって悲しそうに目を伏せた。
「ルーシーは優しいね。僕とは違うな。僕は憎くて憎くてたまらない。この世から消してやりたい」
アイロスの顔は暗く悲しい色に染まっているように見えた。俺はアイロスの言っている意味がよく分からなかったが、きっと傷ついているのだろうと思った。
「……ルーシー、ごめんね。こんなことを言う僕が恐いだろう」
「ううん、恐くない」
「本当に?俺の背中には醜い傷があって、ルーシーはそれを見たらびっくりするよ。きっと泣いてしまうかもしれない」
背中と聞いて俺は思いつくものがあった。アイロスとは違うかもしれないけど、恐くないということを分かってもらいたかった。
姉に着せられたドレスは前のリボンを外すと簡単に上半身が脱げるようになっていて、俺は結ばれたリボンをシュルリと外した。
「ルーシー!?どうしたの……?」
急にドレスを脱ぎ出した俺をアイロスは慌てて止めようとしたが、背中にある痣を見て驚いたように手を止めた。
「これは………」
「生まれたときから付いているんだ。あくまの足跡とかインクの染みとか言われるよ。同じだから、恐くないよ。泣かない」
クスリと笑ったアイロスはドレスを直してくれて俺の頭を撫でた。
「ルーシーの痣は俺とは違う。僕にはバラの花びらのようでとても綺麗に見えるよ。でもありがとう、励まそうとしてくれたんだね」
アイロスがそう言って微笑んでくれたが、それがとても悲しそうな笑顔だったので、俺は思わず首に手を回して抱きついた。
「温かくなると少しだけ嬉しくなるんだよ。体が小さいから全部はできないけど、これでアイロスの痛いのが少しでもなくなるといいな……」
「ルーシー………」
アイロスの体は強ばっていたが、俺がぎゅっと抱きしめて離さなかったので、やがて力が抜けていった。
「……ありがとう。ルーシー、君は本当に優しい子だ。そうだ、子供の頃使っていた積み木があるんだ。一緒にそれで遊ぼう」
「うん!やりたい!」
俺は目を輝かせてアイロスの顔を見た。
その時のアイロスがどんな顔をしていたか、よく思い出せない。
キラキラとした光に包まれて、優しい笑顔を浮かべてくれていると、俺はそう思っていた。
トントンと扉がノックされる音がして、俺はハっとして顔を上げた。
どうやら、机に座って本を読んでいるうちに眠ってしまったらしい。
外は薄暗くなり始めて、もうすぐ夜の幕が下りてくる時間になっていた。
アイロスと昔遊んでいた時のことを夢に見ていた。子供の頃遊びに付き合って、優しく面倒を見てくれたアイロスとの思い出は優しくて心地いいものだった。
また、眠りに入りそうになったので、慌てて顔の乱れを確認してからどうぞと声を出して椅子から立ち上がった。
部屋の扉を開けて入って来たのは、マリーヌだった。今日は長い髪を上で丸くまとめて、ピンクのドレスを着ていた。改めて見ても活発な印象で可愛らしいご令嬢だった。
離れで暮らしているアイロスのお母様とは仲が良いらしく、よく顔を出しているらしいが、まさか、この部屋まで入ってくるとは驚いた。
「マリーヌ様、今日はアイロス様は……」
「知っているわ、王宮へ行って帰って来られないのでしょう。私はシリルに会いに来たのよ。やはり、あなただったのね」
「え?」
「社交界では大変な噂になっているわ。アイロス様が婚約の話を全部断っていて、それは前からだけど、どうやら、ずっと想っていた相手が見つかって、それが男だった……とか」
アイロスがどう断っているか分からないが、どうやら噂好きの社交界の人々にすっかり知られているようだった。
「あ……それは……俺はアイロス様とは昔、お会いしていたことが分かって……」
「へぇ……、じゃあすっかり自分が婚約者にでもなった気分かしら?夢を見ているシリルに教えてあげる。今日は王宮で何が開かれているのか。ナイル国から第六王女が来ているのよ。どうやらレイズ殿下がアイロス様を引き合わせてお見合いをさせているみたいね。殿下の紹介なんて断れるはずがないわ。ナイル国は資源も豊かだし、アイロス様のお仕事にも利益をもたらす関係になれるわ。シリル、あなたには何があるかしら?」
「俺には………」
手足がすっと冷えていくのが分かった。他国の王女という大物と比べたら、自分など何も持ち合わせていない、ただのお荷物に思えてきて胸がチクチクと痛んだ。
「あなたも私と同じ、選ばれない人間よ。だから同情するの。ここから出ていくなら私も手伝うわよ。それともアイロス様に出ていけと言われるのを待つの?わざわざ惨めな思いをしたいのかしら?」
「俺は……」
足に力が入らなくなってフラフラとした俺は倒れこむようにベッドの上に腰を下ろした。心臓まで冷えていき、手足はガタガタと震えてきたが、アイロスの顔を思い出して強く手を握った。
「俺は行きません……。ここで待っているって約束したから……。もし、アイロス様が王女様を選んでも……、アイロス様の口から出ていけと言われるまでは俺はここに……」
「そう……。残念ね」
そう言って下を向いたマリーヌの顔には、影があって表情をうかがい知ることはできなかった。
ただゆっくりとこちらに近づいてきた。何か言いたいことがあるのかと思っていたら、急に俺を押し倒して体の上に覆い被さってきた。
「マリーヌさ……!なっ…何を!?あっ……ぐっ……ごっ…」
マリーヌは懐から取り出した小瓶の中のものを、驚いて開いた俺の口の中に強引に押し込んだ。それは冷たい液体だったが、息を吸い込むのと一緒に思わずごくりと飲み込んでしまい、喉の奥で焼けるような熱さに変わった。
「心配しないで。毒、ではないわ。ただ強いお酒よ。軽いワインで酔ったあなたなら、少量でも効くでしょう」
「ごっ…ぐっ……はっ……。なぜ……こんな………」
「先ほどのお見合いの話は嘘よ。今日アイロス様が殿下に呼ばれて王宮に行く話を聞き付けて、今しかないと忍び込んだの。ここは何度も来ているから。今までアイロス様がこんなに執着する相手はいなかった。あなたがアイロス様の思い出の人ならなおさら、消えてもらわないといけない」
焼けるような熱さは喉の奥から体の中に下りてきて、汗が噴き出してきた。どくどくと心臓の音が早くなって、俺を見下ろすマリーヌの姿が揺れて見えてきた。
「おれ……を、どうす……るんだ……」
「大人しく出ていくならよかったのに。外に何人か連れてきているから、合図をすれば窓から入ってくることになっているわ。外へ連れ出して……、そうね、男好きの連中の溜まり場にでも捨ててこようかしら。汚れてしまえばいいのよ」
外に合図をするためか、俺の上からマリーヌが下りたので、急激に高まる熱に朦朧としそうになる意識をなんとか保ちながら、俺は起き上がった。
「い…行かない……。待ってるって……、アイロスさ……ま……、ここで待つんだ……。好きなんだ……、いやだ……アイロスさ……、絶対……に」
フラフラになりながら、立ち上がった俺はベッドから落ちて床に転がった。それでも扉を目指して必死に這っていく俺を見てマリーヌが近づいてきた。
「……シリル、少し量が足りなかったかしら。追加してあげるわ」
絶望を感じて手を伸ばした俺の目に、扉が開いてアイロスが飛び込んでくる様子が見えた。
それが現実なのか幻なのか、薄れていく意識の中では分からなかった。
ただ、求めていた温かさを感じた気がして俺は目を閉じたのだった。
□□
「あの日は人生で一番最悪な日だった。てっきりアイロス様が来てくれるとばかり思っていて、私ったら裸で飛び出して……。ひどい目にあったわ……。もう懲り懲りよ。アイロス様に関わるとろくなことがない。私は降りたわ」
「う……うん」
久々に会った姉は、顔を合わせるなり捲し立てるように喋りかけてきたので、俺は後ずさりながら分かったと頷いた。
「それで、祝福の儀式は滞りなく終わったの?」
「あ、うん。それは、問題なく終わったよ」
「………まったく。婚約期間もなしにいきなり結婚させろって迫って、ずっとシリルは返さないし、了承したらすぐに教会での祝福をするからって連絡……。私が言うのもなんだけど、とんでもない男ね。やめて正解だったわ」
「ええ……と。まぁ……俺、男だから準備することもないし……」
なんとかアイロスの援護をしようとするが、上手い言葉が思い付かずに頭を悩ませる俺に、姉はもうその話はいいと言って急に目を輝かせ始めた。
「それより、さっき凄い良い男を見つけたの!燕尾服を着てたからどこかの貴族の使用人だと思うの。一見モサッとした感じだけど、顔を見たらもう私がドキッとするくらいで……。当分結婚はやめたから、ちょっと遊びたいんだけど知らない?」
「知らないよ。今日何組来てると思っているの?その中のどこかの家の人でしょう」
今、俺がいるのは教会の花嫁側の控え室だ。婚姻を結ぶカップルは、異性、同性関係なく集団で祝福の儀式を行う。控え室はたくさんの人で溢れていた。
聖水を頭にかけられて、神に結婚の報告をして、司祭から祝福の言葉をもらえたらそれで終了だ。同性の場合、これで子を授かることができるというのだが、確かに体が温かくなって不思議な感覚がした。何が変わったかと言われたら、見た目の変化は特にないのだが。
「……シリル、ちょっと見ない間に色気が増したわね」
「いっ…!?ええ!?やめてよ、変なこと言うの!」
「あんたって子供の頃から魔性なところがあったからね。純情そうなフリをしているのか、天然なのか知らないけど」
「なんだよそれ……。訳わかんないこと言って……」
「そういえば、マリーヌ。結婚が決まったみたいね。相手はナイル国の貴族だって。外国でしかも一夫多妻制の国よ。なんでもレイズ殿下が仲介したから断れなかったとか……。まぁ、あの性格だから上手くやっていけそうだけど」
あの日、俺はマリーヌに無理やりお酒を飲まされて、連れ去られそうになった。
しかし、急遽泊まりを止めて家に戻ってきたアイロスに助けられて、最悪の事態になることは避けられた。
屋敷の外にはマリーヌが雇った男達がいたらしく、マリーヌは家に戻されてクリムゾン家に入らないようにと戒められた。
その後のことが気にはなっていたが、まさか外国へ嫁ぐことになったとは驚きだった。
マリーヌの襲撃でますます心配性が加速したアイロスは、すぐに俺の家から結婚の許しを得て、祝福の儀式の日程まで決めてしまった。
先程までうちの両親とアイロスのお母様が一緒に儀式を見守っていたが、すでに先に帰って、姉だけが残っていた。
「あー、もうシリルで遊ぶこともできないし、良い男と遊びたいわぁ………えっ………」
姉が俺の後ろを見て、大きな目を開いて固まったので振り向くと、レナルドが立っていた。
「シリル様、馬車の用意が出来ました。中でアイロス様がお待ちです」
相変わらず表情が分からず幽霊みたいな執事だが、優しくてかなり強い人だということは分かった。他の使用人から、マリーヌが連れてきていた男達をレナルドが、外でまとめて倒して縛り上げていたと驚きの話を聞いたのだ。本人に聞いても結局上手くかわされてしまって真偽のところは不明である。
「分かった。それじゃ姉さん、またね。今日は来てくれてありがとう」
姉に別れの挨拶を言ったが、姉は先程と変わらず目を開いて固まっていた。おーいと呼んでも変わらないのでとりあえずそのまま置いていくことにした。
「クロエ様、どうかされたのですか?」
「分かんない、疲れたのかな。ずっと喋り続けてたから」
レナルドと歩きながら振り返って見たが、まだ同じ格好をしている姉がよく分からなかったので、手を振ってみたがやはり反応はなかった。
「………っあ、ここは……だっ……だめ、声…でちゃ……から…」
「せっかく祝福を受けたのだから、早くシリルの中に入りたい」
「だっ……だってさっきも……」
行きの馬車の中でも愛されたのに、アイロスは帰りの馬車の中でもまた俺を求めてきた。アイロスは淡白そうに見えて底なしの人だ。馬車が動く前から自分の上に俺を乗せて早速始まってしまった。
「ほら、まだ柔らかいから指が簡単に入った。さっき出した俺のが出てきたけど、これは祝福前だからな……。シリル、腰を浮かせて」
「あっ…ん……だめだって……言うのに……、絶対聞こえちゃう……」
馬車の中は声が響くので、行きはハンカチを口に咥えて必死に我慢したのだったが、帰りもまたあの状態になるのかと思うと恥ずかしくて死にそうだった。
恥ずかしそうにする、俺の顔を楽しむようにアイロスは頬をペロリと舐めた。
「シリル……愛しているよ」
「………っ、ん………もう!」
アイロスが上目遣いで見てきて、濃厚な色気を放ちながら耳元で愛を囁かれたら俺もたまらなくなってしまった。
熱に煽られるように俺が腰を浮かせると、待ちかねていたようにアイロスは自らの欲望を当てがった。
「シリル、そのまま腰を落として……。自分で飲み込むんだ」
「んっ……あっ……………はっ………」
ゆっくりと腰を下ろすと、アイロスのものがズブズブと狭い入り口を押し広げて入ってきた。この深くなる体位は快感が強すぎて苦手なのだが、アイロスはよくねだってくるので、多分好きなのだろうと思う。
「んんっ……アイロス…さ…ま……全部……入りま……した」
「上手だよ、シリル。でも、いいかげん、様は必要ないかな……。もっとレナルドと話すみたいにして欲しい」
「はっ……?言葉遣いですか……?んあっ…!」
俺の腰を両手で持ちながらアイロスは下から打ち付けてきた。いきなり激しく腰を揺さぶられて、俺は思わず大きな声を上げてしまった。
「前から気になっていたんだよね。どうして、俺にはいつも敬語で、他の者とはいつも親しく話しているのか……」
「だって……それは……、アイロス様とは立場が………、ひっ……う……あっんん」
「それは、分かってはいるけどね。気に入らないんだ……。もっとシリルと近くなりたい。もう夫婦なんだからいいだろう、ねっ、シリル、こら聞いてる?」
「あっああっ……!!」
一度引き抜いてから、また最奥までズボっと突き入れられて、まともに話してなどいられない。俺はもう声を我慢することも出来ずに、背中を反らして快感に喘いでしまった。
「んんっ………どっ……努力……しますっ……しますからぁ。アイロス……さ……おね……お願い…」
「可愛いね、シリル。もう、お願いするの?」
アイロスを後ろで受け入れている俺のモノは、二人の間で立ち上がって蜜をこぼしながら揺れていた。自分の手で触ることは許されない。いつもアイロスにお願いして、アイロスが擦ってくれるのだ。
「お願い……もう……イキた……い」
「いいよ。その代わり、いつもみたいにちゃんと言って」
「んっ……アイロス……好きっ……ずっと…好きだよ……」
その言葉を聞いたアイロスは満足そうに微笑んで、俺のモノを握って擦り出した。同時に下からまた突き上げてきたので、強烈な快感に俺の視界は白くなってチカチカと光った。
「はぁ…あ…あっ……も……もう……だめ……イク……イッちゃ……」
「いいよ、シリル」
「あっ…あああっ!!」
快感の波に飲み込まれるように、俺はアイロスの手の中に白濁を放った。なんども続く射精感に後ろを締め付けると、アイロスもたまらないような顔になって詰めた声出した。どくどくと体の奥で熱く飛び散るものを感じて、その熱に俺はまた震えた。
荒い息をはきながら余韻に浸っていたが、目が合ったら、アイロスはすぐに唇を重ねてきて口内を食いつくされるように吸い付かれた。
ふと、遠い昔にもこんな風にアイロスと唇を重ねたような気がしたけれど、子供の頃の思い出にそんなものがあるはずがないので、そんな妄想ばかりしてしまう自分が恥ずかしくなった。
再び火がついていく体の熱を感じながら、俺はアイロスにしがみついた。
すっかり記憶からなくしていた俺と違い、アイロスはずっと忘れずに探し続けていてくれた。そのおかげで今こうして抱き合っていられるのだ。毎日、愛が深まっていくのを感じている。
昔の記憶は所々曖昧で全部は思い出すことはできないが、アイロスはそれでいいと言ってくれているし、俺もそこまでは気にしていない。
それに、アイロスは自分の過去についてはあまり語りたがらないので詮索しないようにしている。
二人が見つめるのはこれから先の未来だ。心配性で時々愛が重すぎるアイロスだけど、俺は全部受けとめて、もっと大きな愛で包んでやろうと思っている。
「シリル、愛してる」
「んっ……俺も」
姉のような大輪の薔薇ではなく、日陰に咲く、名もなき花だった俺をアイロスは愛してくれた。
その愛に応えて、俺は夢中で唇を重ねたのだった。
□完□
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