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思い出
それは十年前、私と透が中学校で知り合った頃だった。私は県外から引っ越してきたばかりで、友人などひとりもいなかった。周りのみんなは近くに二つあった小学校から上がってきた子ばかりで、それなりにコミュニティができていたのだ。
本当は私のコミュニケーション能力に問題があったのだろう。違う小学校出身の子同士でも、新たなコミュニティは生まれていたのだから。
だけど、そんな事実はどうだって良い。重要なのは私と透がそれぞれ孤立していて、自然と寄り添うように側にいるようになったということなのだ。
透は変な子だと言われていた。でも、私にとっては居心地の良い相手だった。
彼女は人との会話はあまり得意でないけれど、勉強はすごくよく出来た。ぼんやりと自然を眺めるのが好きで、よく一緒に校庭の隅を訪れたりもしていた。私は勉強はあまり得意じゃなかったけれど、自然を見るのは好きだった。
後者裏は私たちの楽園だった。草がぼうぼうに生えて誰も訪れないけれど、たまに近くの廊下からゴミが投げ捨てられるような場所。私たちはそこで、風に揺れる草を眺めたり、ノートのらくがきを見せあったり、思い出したようにゴミを拾ってゴミ箱へ入れたりしていた。
そんな日常の中、私たちはタイムマシンを作った。
透がノートに図を描いて「理論上はこうすればできるはず」と言った。私はそれに感動して、一生懸命に材料を集めてきた。慣れない電気街に二人で行って、おっかなびっくりパーツを買ってきたこともあった。
多分、大人から見ればそれこそ一笑されるようなものだったのだろう。だけど私たちにとっては非常に重要で、可能性を秘めたものに見えていた。
ーーだってそうすれば、孤立する前の自分を訪れて「こうすればいいよ」ってアドバイスしてあげることができる!
私はそう考えていた。その時も透以外とはろくに話していなかったのに。そして、おこがましくももう一つやりたいことを考えていた。
タイムマシンが完成した日、私はそれを透に伝えたのだ。
「みんなに透の凄さを知ってもらえる! これで証明できるんだよ!」
その時の透の顔は、一生忘れないだろう。意味がわからないと言わんばかりの顔で、それでも彼女なりにしばらく考えてから「どうして?」と答えたのだ。
彼女にとって、周りに認めてもらうとかはどうでもいいことだった。むしろ煩わしいくらいだったのだろう。私は、それを理解していなかったのだ。
多感な少女時代の私たちにとって、お互いは唯一無二だった。透は私がいれば十分だったし、私も本当は透さえいればよかった。
逃げ帰った私は一晩うんうん唸って、翌日何食わぬ顔で透に会った。そして、謝った。誠心誠意なんて言葉の意味も理解できていたか怪しい頃に、精一杯の謝罪をした。すると透は言ったのだ。
「タイムマシン、壊そっか」
お互いに動揺はしなかった。草の陰に隠していた小さな機械を、二人で思いっきり地面に叩きつけた。彼女は「作り方は理解したからまた作れるよ」と笑った。
今思えば、それだけの話かと思う。物語だったらタイムマシンでの冒険が始まっていたのだろうけれど、現実の私たちはそれを壊した。使えるかどうか確認もしないままに。
だから、これは夢物語だ。十代の子どもが夢を見て失敗しただけの話。
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