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種の元
「どうですか? 職場には慣れましたか?」
社員通路を二人で歩きながら、部長が俺、白河櫂斗に聞いてくる。
橘亜沙子。社内では初の女性部長だ。
昔から知っている顔だが、その態度には、旧知の馴れ馴れしさも媚びるような卑下た浅ましさもなかった。張りつめた糸のような程よい緊張感と清廉なまなざしを持ったこの女性は、社長である父の片腕でもあり、社員からは女帝と言われていた。彼女の一言で会社が動くとまで言われ、影響力は絶大だ。
うちは百貨店経営が主であるが、不動産関係など複数の会社も手掛けているため、父も一つのところに落ち着いているわけにはいかない。
いずれは俺が百貨店を継ぐことになっているが、今年大学院を卒業し会社に入社したばかりだ。
社長子息とはいえ、ベテランの社員から見れば、世間知らずなお坊ちゃんに過ぎない。当然見る目も厳しい。次期社長としてどれほどの手腕を持っているのか、品定めされている感は拭えない。この中をこれから、上手に渡り合っていかなくてはならない。
全てが敵とは言わないが、全てが味方ともいえない。中には腰低くしっぽを振りながら、阿って来る社員も少なからずいる。何故か中間管理職の人間に多いが。
「そうですね。少しは……」
話を続けようとしていた時に、
どんっ。
突然、猪でも激突してきたかのような、かなりの衝撃を肩のあたりに受けた。
不意打ちとはいえ、その衝撃で後ろによろけてしまった。ジムで鍛えているはずなのに、男としてちょっと情けなかった。と同時に、
「いったーい」
俺の目の前で痛みを訴えるように叫ぶ女性の声が聞こえた。
見ると、自分以上に衝撃があったんだろう、床に手をついて転んでいる一人の女性が目に飛び込んできた。
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