#1 ガール・ミーツ・ハリボーイ

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 彼のお願いというのはこうだった。  親戚のお葬式のため、明日から北海道へ行かなければならない。そのあいだ、ペットのハリネズミを預かってくれないか。 「ハリネズミに慣れてる人って、たぶんあんまりいないでしょう。ハムスターとか、もっとこう、ポピュラーな動物だったら頼みやすいんだけど」 「ぽぴゅらー」 「ペットホテルも探したんだけど、空きが見つからなくって。やっぱり明日から夏休みだからかな。ハリネズミを預かってくれるところ自体が少ないし」 「そうなんだ」 「成瀬さんのところなら、お兄さんがいるし安心かもと思ったんだ。急なことで本当に申し訳ないんだけど、どうかなあ?」  私はその場で返事をしなかった。宗くんならきっといいと言ってくれると思ったけれど、生きものの命がかかったことだ。適当にうけおうわけにはいかない。  湊くんの家の電話番号を聞いて、一度家に帰ることにした。今日は宗くんも午後だけ休みをとっている。湊くんをさほど待たせず返事ができるはずだ。  予定通り、私より二十分ほどあとに宗くんは帰ってきた。まだ宗くんが玄関で靴も脱がないうちから、私は相談を始めてしまう。  ほとんど相槌もなく黙っていた宗くんは、私の話を最後まで聞き終えると、ひとつ頷いて言った。 「やりかたは教えてやるけど、円佳が責任もって世話しろよ。俺じゃなくてお前が預かるんだからな」  湊くんに電話すると、丁寧にお礼を言われた。お辞儀をしている姿が目に浮かぶような声。そして明日は朝早く出発するというから、今日の夜のうちに預かることになったのだ。  湊くんが立ち去ったあとの玄関で、私はケージの中をじっとのぞきこむ。  カイトは――いや、湊くんは「カイトくん」と呼びかけていた。飼い主がくん付けしているのに私が呼び捨てにするのはよくない気がして、私もカイトくんと呼ぶことにする。  飼い主と離れたカイトくんは、寂しそうにするかと思ったけれど、とくべつそんな様子も見せなかった。今は顔を引っ込めてしまい、寝床で丸くなっている。本当にとげとげだ。 「おい、円佳。先に部屋に入れろって。運ぶの手伝ってやるから」  宗くんに声をかけられ、私は「はあい」と返事をした。  ハリネズミは部屋の温度が高すぎても低すぎてもいけないそうだ。夏真っ盛りの今、昼間は家の中も三十度近くなる。それではハリネズミにとっては暑すぎるが、冷房を効かせすぎると、今度は寒すぎてしまう。  宗くんに教えてもらって、あらかじめ私の部屋のエアコンを調節してあった。リビングにあった室温計を持ってきて確認すると、およそ二十六度。適温だ。私たちは安心して、二階の私の部屋までカイトくんのケージを運び入れた。
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