#1 ガール・ミーツ・ハリボーイ

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「ハリネズミって名前だけど、どっちかっつーとこいつら、モグラの仲間なんだよ」  きょろきょろしているカイトくんを眺めながら、宗くんが教えてくれる。声のボリュームはいつもより小さめだ。私も「え、そうなの?」とひそひそ言いながら宗くんを見上げる。 「モグラと同じで、目もほとんど見えてない。音と匂いで辺りの状況を判断してる。飼い主のことも、手の匂いで覚えるんだと」 「そうなんだあ。じゃあ今も、いつもと違う場所に来たなって、匂いでわかってるのかな」 「たぶんな。なんかへんだな、って思ってるぞ、きっと」  小声で喋っていても、知らない声に反応しているのだろう、ときおり私たちを見上げてくるような仕草を見せた。そっか、このつぶらな目はあんまり見えてないんだ、と思うとなんだか不思議に感じる。 「けっこう、図太いタイプみたいだな、こいつ」  かすかに笑い混じりの声で宗くんが言った。 「警戒してるときは針を立てて威嚇するんだよ。でも今は落ち着いてるだろ?」 「うん。全部、後ろのほうに向かってペタッと寝てるね」 「すごく臆病な動物なんだよ。人の気配があると隠れて出てこない奴もいるしな。でも、こいつはよっぽどのんきな性格とみた」  私たちの視線の先で、カイトくんはしばらく落ち着かなさそうにケージの中を動き回っていたけれど、やがて深めのお皿に入れてあるお水を飲み出した。一度飲み始めたら止まらず、おそらく一分以上も、舌を伸ばしてペロペロと飲み続けていた。  それにしても、かわいい。  丸っこい身体のわりに足が細くて短くて、なんともいえないフォルムをしている。茶色いマーブル模様の針は硬そうだけれど(爪みたいな材質だと宗くんが教えてくれた)、顔まわりやおなかのほうは、やわらかそうな白い毛でおおわれている。  丸い耳に、チョコレートみたいな色の鼻、くりくりした目――。 「あっ。宗くん、見て」  私は思わず宗くんの腕に手をそえた。 「カイトくん、ほくろがある!」  左目と鼻のあいだの真ん中あたりに、ぽつりと小さな黒い斑点(はんてん)があった。ゴミでもついているのかと思ったけれど、どうやら違う。カイトくんのチャームポイントを発見して、私は嬉しくなった。 「長友(ながとも)みてーだな」 「サッカーの?」 「おう。それか桜井和寿」 「さくらい……」  ミュージシャンの名前だと教えてくれながら、宗くんは立ち上がった。 「環境が変わるのは動物にとってすげえストレスなんだ。基本的に世話以外ではさわるなよ。かわいそうだから」 「うん、わかった」  まあ、でも、こいつは大丈夫そうだけどな……と言いながら、宗くんは私の部屋を出ていった。お風呂の準備をしてくれるのだろう。  残された私は、鼻をすんすんさせて動き回るカイトくんを、飽きることもなくじっと眺めていた。
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