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「ハリネズミって名前だけど、どっちかっつーとこいつら、モグラの仲間なんだよ」
きょろきょろしているカイトくんを眺めながら、宗くんが教えてくれる。声のボリュームはいつもより小さめだ。私も「え、そうなの?」とひそひそ言いながら宗くんを見上げる。
「モグラと同じで、目もほとんど見えてない。音と匂いで辺りの状況を判断してる。飼い主のことも、手の匂いで覚えるんだと」
「そうなんだあ。じゃあ今も、いつもと違う場所に来たなって、匂いでわかってるのかな」
「たぶんな。なんかへんだな、って思ってるぞ、きっと」
小声で喋っていても、知らない声に反応しているのだろう、ときおり私たちを見上げてくるような仕草を見せた。そっか、このつぶらな目はあんまり見えてないんだ、と思うとなんだか不思議に感じる。
「けっこう、図太いタイプみたいだな、こいつ」
かすかに笑い混じりの声で宗くんが言った。
「警戒してるときは針を立てて威嚇するんだよ。でも今は落ち着いてるだろ?」
「うん。全部、後ろのほうに向かってペタッと寝てるね」
「すごく臆病な動物なんだよ。人の気配があると隠れて出てこない奴もいるしな。でも、こいつはよっぽどのんきな性格とみた」
私たちの視線の先で、カイトくんはしばらく落ち着かなさそうにケージの中を動き回っていたけれど、やがて深めのお皿に入れてあるお水を飲み出した。一度飲み始めたら止まらず、おそらく一分以上も、舌を伸ばしてペロペロと飲み続けていた。
それにしても、かわいい。
丸っこい身体のわりに足が細くて短くて、なんともいえないフォルムをしている。茶色いマーブル模様の針は硬そうだけれど(爪みたいな材質だと宗くんが教えてくれた)、顔まわりやおなかのほうは、やわらかそうな白い毛でおおわれている。
丸い耳に、チョコレートみたいな色の鼻、くりくりした目――。
「あっ。宗くん、見て」
私は思わず宗くんの腕に手をそえた。
「カイトくん、ほくろがある!」
左目と鼻のあいだの真ん中あたりに、ぽつりと小さな黒い斑点があった。ゴミでもついているのかと思ったけれど、どうやら違う。カイトくんのチャームポイントを発見して、私は嬉しくなった。
「長友みてーだな」
「サッカーの?」
「おう。それか桜井和寿」
「さくらい……」
ミュージシャンの名前だと教えてくれながら、宗くんは立ち上がった。
「環境が変わるのは動物にとってすげえストレスなんだ。基本的に世話以外ではさわるなよ。かわいそうだから」
「うん、わかった」
まあ、でも、こいつは大丈夫そうだけどな……と言いながら、宗くんは私の部屋を出ていった。お風呂の準備をしてくれるのだろう。
残された私は、鼻をすんすんさせて動き回るカイトくんを、飽きることもなくじっと眺めていた。
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