#1 ガール・ミーツ・ハリボーイ

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 *  翌朝、目覚めた私が最初にしたことは、やっぱりカイトくんのケージをのぞくことだった。  ハリネズミは夜行性だから、夜中に運動する。ケージの中に設置したホイール、いわゆる回し車だ、に乗って走るのだ。私が夜中に一度だけ目を覚ましたとき、カラカラという音が聞こえていた。部屋の明かりをつけないままでケージの前まで行ってみると、カイトくんの白っぽい身体が、ホイールに乗って懸命に走っているのがうっすら見えた。  そのホイールのそばに、かりんとうみたいな黒いかたまりが落ちている。湊くんから預かった小さなプラスチックのスコップで拾いあげ、ビニール袋に入れた。  私にウンチの片づけをされていることなどつゆ知らず、カイトくんはテント型の寝床の中ですやすやと眠っていた。  ごはんもお水もこぼれていないし、ケージの中に変わった様子はない。私は安心して、またしばらくカイトくんの眠る姿を眺めてから、ようやく自分の部屋をあとにした。 「今日はちょっと遅くなるかもしれないから、ちゃんと戸締まりして待ってろよ」 「うん、わかった。いってらっしゃい」  簡単な朝ごはんを一緒に食べたあとで、お仕事に出かける宗くんを見送った。  今日は土曜日だけれど、ペットショップは世間が休みの日こそ忙しい。それでも普段は土日のどちらかは休みをとって私と過ごしてくれる宗くんだけれど、夏休み期間は土日とも出勤することになったという。  そう、今日は夏休み初日だ。  空はよく晴れていた。誰もいなくなったリビングのテーブルで、私は計算ドリルを広げた。 「夏休みの最初にすることが計算ドリルかあ」なんて思うと、少し微妙な気分ではある。でも、今日は午後から友達とプールに行く約束をしているのだ。夏休みらしいことはそこからスタートだと思えばいい。  ドリルを数ページ進めたところで、私は休憩がてら、部屋までカイトくんの様子を見に行った。  エアコンがしっかり動いていることを確認しつつ、音を立てずにそっとケージに近づく。  昼間はほとんど寝て過ごすと聞いていたけれど、実際カイトくんは寝床にもぐったまま、朝とほとんど変わらない姿勢で寝ていた。頭を寝床の奥に向け、うつぶせにぺったりと寝そべったような体勢だ。見るからにリラックスしているのがわかる。  警戒心のかけらも感じられないその姿は、ハリネズミが本来はとても臆病な生きものだなんて信じられないくらいだ。宗くんも言っていた通り、カイトくんはなかなかマイペースな性格の持ち主らしい。  遊び疲れて寝てしまった子供のような寝姿を見ていると、自然とくすくす笑いがもれてしまった。  短い後ろ足が両方とも、寝床の外にはみ出してしまっていて、ぷにっと丸い足のうらがよく見える。  なにより魅力的なのはお尻だった。白いやわらかな毛におおわれているが、地肌はとってもかわいいピンク色をしている。針が生えている部分と生えてない部分はくっきり分かれていて、針部分の下に、そのやわらかそうなピンクの部分がまあるくのぞいている。  きわめつきは尻尾。ネズミといえば細くて長い尻尾だけれど、ハリネズミの尻尾は短い。お尻の真ん中を指先でちょこっとつまんでとがらせただけ、みたいな感じだ。ついつまんでみたくなる、絶妙な形をしていて、私は誘惑に負けてしまわないようぐっとこらえていた。  ただ寝ているだけなのにいつまでも眺めていられそうなのを振り切って、リビングに戻る。数十分もするとまた気になり始めて、ちらっと見るだけのつもりが、ケージの前にしゃがんだままじっと見つめてしまう。ときどき足をもぞもぞ動かしたりもするから、本当に飽きなかった。  そんなことをしているものだから、午前はあっという間に過ぎてしまって。  私は計算ドリルをさほど進められないまま、急いでお昼を食べ、大慌てで出かける準備をすることになったのだった。
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