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外はじりじりと暑いプール日和で、クラスでもいちばん仲のいい子たちと市民プールでめいっぱい遊んだ私は、すっかり満足して家に帰ってきた。
誰もいないけれど、玄関で「ただいまあ」と言うのは習慣だ。しっかり鍵を閉め、プールバッグの中身を洗濯機に入れて、洗面台で手を洗う。髪の毛にはまだプールの塩素の匂いが残っていた。
数時間エアコンを切っていただけで、リビングの温度はずいぶん上がっていたけれど、歩いて帰ってきた私にはそれでもすずしいくらいだ。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップ一杯ごくごく飲み干して、ふう、と一息。
うん、なかなか充実感のある夏休み初日といっていいよね。
時計を見上げると、三時を少し過ぎたところだった。ソファに腰をおろした途端、ほどよい疲れと眠気がじんわりと襲ってきたけれど、寝るのはもったいない。
大きく伸びをすると同時に、カイトくんの存在を思い出した。今も変わらずのんびり眠っているだろうか。飛び跳ねるように立ち上がった私は、リビングを出て階段を駆け上がった。
自分の部屋のドアを開けた、その瞬間。私は思わず、びくっと身体をこわばらせた。
部屋の真ん中に、裸の人が立っていた。
……ような気がした。いや、確かに見た。一瞬、宗くんかと思ったのだ。背丈が同じくらいだったから。
でも、まばたきする間もなく、その姿は消えていた。
いつもの私の部屋。なんの変化もない――と、目をこすりながら室内を見回して、最後に床に目がとまる。パステルブルーのラグの真ん中に、予想外のものを見つけてしまった。
カイトくんだ。
私が出かける前まで、確かにケージの中にいたはずのカイトくんが、ラグに鼻先を寄せてすんすん匂いを嗅いでいる。
どうやってケージから出たの? という疑問が浮かぶが、それ以上に「早くケージに戻さないと」と私は思った。
部屋から脱走するようなことがあっては大変だ。慌ててカイトくんに近寄る。突然カイトくんが走り出して踏んだりしたら一大事だから、気持ちは急いでいるがそうっと、忍び足だ。
幸い、カイトくんはそこから動かなかった。傍らにかがみこみ、小さな身体の下におそるおそる両手を差し入れる。やわらかいおなかが手のひらに乗っかり、カイトくんの身体が持ち上がった。
慎重に部屋の隅へと運び、ケージの中に下ろす。
白いペットシーツの上に降り立ったカイトくんは、すんすんしながら少しだけケージを歩き回り、お水をちょっと飲んだ。そして、何事もなかったかのような顔をして寝床へと戻っていった。
私はケージの前に座りこみ、丸くなるカイトくんを見つめて話しかける。
「ねえ、カイトくん。どうやってケージから出たの?」
カイトくんのケージは大きな水槽のようなものだ。透明なアクリル製で、上部があいているつくり。ふたはされていないけれど、高さが三十センチほどあって、カイトくんがよじ登るなんて不可能だ。このケージをどうやって抜け出したのか……まるでわからない。
それに、ドアを開けたとき見えた人影はなんだったんだろう。
私の気のせいだったんだろうか。普通に考えたらそうだ。でも、幻にしてははっきりと見えた気がした。
男の人がこっちに背中を向けて立っていて、ドアが開いたのに驚いて振り向いた、そんな様子だった。裸だったように見えたけれど、全身ベージュの服を着ていたのかもしれない。そのあたりはわからない。
でも、確かにいた。暑いからといってあんな幻覚を見るとは思えなかった。
「……おばけ? おばけがカイトくんをケージから出してくれたの」
裸の男の人のおばけが、カイトくんと遊びたくて出てきたんだろうか。
「それとも……カイトくんが変身したの? あれはカイトくんだったの?」
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