#1 ガール・ミーツ・ハリボーイ

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 外はじりじりと暑いプール日和で、クラスでもいちばん仲のいい子たちと市民プールでめいっぱい遊んだ私は、すっかり満足して家に帰ってきた。  誰もいないけれど、玄関で「ただいまあ」と言うのは習慣だ。しっかり鍵を閉め、プールバッグの中身を洗濯機に入れて、洗面台で手を洗う。髪の毛にはまだプールの塩素の匂いが残っていた。  数時間エアコンを切っていただけで、リビングの温度はずいぶん上がっていたけれど、歩いて帰ってきた私にはそれでもすずしいくらいだ。  冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップ一杯ごくごく飲み干して、ふう、と一息。  うん、なかなか充実感のある夏休み初日といっていいよね。  時計を見上げると、三時を少し過ぎたところだった。ソファに腰をおろした途端、ほどよい疲れと眠気がじんわりと襲ってきたけれど、寝るのはもったいない。  大きく伸びをすると同時に、カイトくんの存在を思い出した。今も変わらずのんびり眠っているだろうか。飛び跳ねるように立ち上がった私は、リビングを出て階段を駆け上がった。  自分の部屋のドアを開けた、その瞬間。私は思わず、びくっと身体をこわばらせた。  部屋の真ん中に、裸の人が立っていた。  ……ような気がした。いや、確かに見た。一瞬、宗くんかと思ったのだ。背丈が同じくらいだったから。  でも、まばたきする間もなく、その姿は消えていた。  いつもの私の部屋。なんの変化もない――と、目をこすりながら室内を見回して、最後に床に目がとまる。パステルブルーのラグの真ん中に、予想外のものを見つけてしまった。  カイトくんだ。  私が出かける前まで、確かにケージの中にいたはずのカイトくんが、ラグに鼻先を寄せてすんすん匂いを嗅いでいる。  どうやってケージから出たの? という疑問が浮かぶが、それ以上に「早くケージに戻さないと」と私は思った。  部屋から脱走するようなことがあっては大変だ。慌ててカイトくんに近寄る。突然カイトくんが走り出して踏んだりしたら一大事だから、気持ちは急いでいるがそうっと、忍び足だ。  幸い、カイトくんはそこから動かなかった。傍らにかがみこみ、小さな身体の下におそるおそる両手を差し入れる。やわらかいおなかが手のひらに乗っかり、カイトくんの身体が持ち上がった。  慎重に部屋の隅へと運び、ケージの中に下ろす。  白いペットシーツの上に降り立ったカイトくんは、すんすんしながら少しだけケージを歩き回り、お水をちょっと飲んだ。そして、何事もなかったかのような顔をして寝床へと戻っていった。  私はケージの前に座りこみ、丸くなるカイトくんを見つめて話しかける。 「ねえ、カイトくん。どうやってケージから出たの?」  カイトくんのケージは大きな水槽のようなものだ。透明なアクリル製で、上部があいているつくり。ふたはされていないけれど、高さが三十センチほどあって、カイトくんがよじ登るなんて不可能だ。このケージをどうやって抜け出したのか……まるでわからない。  それに、ドアを開けたとき見えた人影はなんだったんだろう。  私の気のせいだったんだろうか。普通に考えたらそうだ。でも、幻にしてははっきりと見えた気がした。  男の人がこっちに背中を向けて立っていて、ドアが開いたのに驚いて振り向いた、そんな様子だった。裸だったように見えたけれど、全身ベージュの服を着ていたのかもしれない。そのあたりはわからない。  でも、確かにいた。暑いからといってあんな幻覚を見るとは思えなかった。 「……おばけ? おばけがカイトくんをケージから出してくれたの」  裸の男の人のおばけが、カイトくんと遊びたくて出てきたんだろうか。 「それとも……カイトくんが変身したの? あれはカイトくんだったの?」
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