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夜になってから帰ってきた宗くんに、私は部屋でその不思議な体験について話した。
もしかしてカイトくん、人間に変身できるのかも。冗談半分でそんなふうに言うと、宗くんは眉間にしわを寄せる。しょっちゅう寄せているけれど、いつにもまして深い。そして低く言った。
「お前、それからずっとひとりで家にいたのか? どこにいた」
「え? 自分の部屋と、あと、リビングだよ」
「ほかにおかしなことなかったか。音がしたとか」
「うーん……ううん、なにもなかったよ」
宗くんはすごく苦いものを食べてるみたいな顔をして、私の手をとりリビングに入った。
私をソファに座らせると、キッチンへ行ってフライパンと片手鍋を持ってきて、私の両手にそれぞれ握らせる。頭にハテナを浮かべる私の前に、宗くんはしゃがみこんだ。下から私の顔を見つめる。
「いいか、円佳。この世には質量保存の法則ってもんがあってな」
「しつりょうほぞんのほうそく」
「物質ってのは、形や状態が変わってもトータルの質量は変わらないんだ。質量って、まあ、大きさってことだな。アイスが凍ったまま食っても、溶けちまって液体になったのを飲んでも、腹に入る量は変わらない。わかるか?」
「うん、わかる」
「だからな、ハリネズミが人間サイズに変身するってことは、ファンタジーの世界でしかあり得ない。体重六十キロの俺が万が一、六十キロのヒョウに変身できたとしても、三十トンのザトウクジラになるのは無理だ。それと同じ」
私は宗くんの言う通りにイメージする。宗くんは私よりずっと背が高い。ヒョウの本物は見たことがないけれど、身体を伸ばしたら宗くんと同じくらいなのかもしれない。そして、カイトくんはとても小さい。宗くんなら片手で持てるサイズだ。
「でも……ほんとにいたの、男の人が……」
「お前が嘘ついてるなんて思ってない。ちょっと待ってろ」
宗くんは立ち上がって私の頭を一撫ですると、今度は一人でリビングを出、すぐに戻ってきた。
なぜか金属バットを手にして。
「家ん中に不審者がいる可能性がある。お前、そこから動くなよ」
もし何かあったらそれで大きい音出せ――と、私の持ったフライパンとお鍋を指さして、宗くんはリビングのドアを静かに閉めた。
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