その手を、どうか。

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その手を、どうか。

「ねえ、これ覚えてます?」  麻子(あさこ)が出してきたのは、一冊のアルバムだ。彼女が指さした写真を見て、僕は思わず吹き出してしまった。 「おいおい麻子、何でこんな写真残ってるんだ。恥ずかしいよ」  幼馴染だった僕と麻子。それは僕等の、子供の頃の写真だった。ガキ大将だった僕と、男勝りで気が強かった麻子。いわば天敵と言っても過言ではない関係だったはずである。僕がちょっと悪戯をすると、すぐ麻子が飛んできて喧嘩になった小学校時代。この時もそう――多分何かやらかそうとしたところを見つかって、めっちゃくちゃ怒られたパターンに違いない。  一体誰が撮影したのだろう。場所は多分校庭だ。ぐえ!とカエルのように潰れた僕のお尻に、麻子がどっしり据わってピースをしている。成長が早い女の子ありがちで、小学校の頃は麻子の方が僕よりずっと体が大きくて力があったのだ。腕相撲でもかけっこでも、僕は彼女に勝てたためしがなかった。というか、僕が高校生までチビだったから、それまでずっと“物理的に”僕は彼女の尻にしかれっぱなしだったというわけである。  朝、ソファーに座って二人でアルバムを見るのが、ここ最近の僕達の日課だった。あんな風に殴り合いの喧嘩ばかりしていた彼女と、今は夫婦として一つのアルバムを眺めている。なんとも不思議な気分である。 「この写真がどういう状況だったか、麻子覚えてるのか?僕は全然覚えてない。というか、いっつもお前に殴られてばっかりで、コレがどの件だったかちっともわからないんだ」 「そんなことだろうと思いました。ほら、この頃にはもう携帯電話があったでしょ?私は持たせて貰ってなかったけど、小学校で持ち込んできてた子も少なくなかったし……これ、さつきちゃんが撮ってくれたんだけど」 「あいつめ、余計なことを」 「そう言わないの!そういう友達がたくさんいたからこうしてアルバムが充実してるんでしょ?……この時はあんたが廊下の消火器を勝手に持ち出して、消火剤で校庭に落書きしようとしたんでしょ。ほんと、男って馬鹿よね」 「うわあ、よくそんなこと考えたな当時の僕」  そういえばそうだった、と僕は写真をまじまじと見つめて思う。気づかなかったが、向こうの方にぼんやりと何か赤いものが映っている。誰かに取り上げられた消火器だろう。
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