第80話 終章 鳩は死神刑事を解毒する(後)

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第80話 終章 鳩は死神刑事を解毒する(後)

                 終章 「おい、ここは一体どこだ?俺の神聖な職場をどこへやった?」  吹き溜まり部屋に足を踏み入れた俺は、あまりに意外な眺めに思わず叫んだ。 「あらカロン、午前中から部屋に顔を出すなんて珍しいわね」  興奮気味の鳩とダディの仏頂面を見て、俺は異変を発生させた『犯人』にすぐ気づいた。 「ポッコ、これはどういうつもりだ?」  俺は出勤場所を間違えたかと思うほど変わり果てた室内を見て言った。 「何よその渋い顔。綺麗になったんだからもう少し喜んでもいいんじゃないの?」 「誰が勝手に片付けろと言った?しかも訳の分からねえ荷物まで持ちこみやがって」  呆れ果てた俺が苦言を呈すると、沙衣はにこにこ顔のまま「嬉しいくせに」と言った。  俺たちの愛すべき刑事部屋は、鳩によってまるで違う空間に姿を変えていた。パソコンの操作もままならなかった作業机が綺麗な表面を見せており、端の方には鳥と犬のぬいぐるみが置かれていた。 「ごめんねカロン、死神のぬいぐるみはなかったのよ」  しれっとしてとんでもないことを言う鳩を無視して、俺はダディに「いいんですかダディ、こんな暴走を許しておいて」と言った。 「いいわけねえだろう。お前、鳩の飼育をやり直せ」  上司に難題を押しつけられた俺は、とりあえず沙衣に「今日中に元に戻せよ」と言った。 「本気で言ってるの?カロン。……それにダディもダディです」 「なんだと?そりゃどういう意味だ」 「特務班と言ったら家族みたいな物ですよね?汚しっぱなしにしておいたらだんだん心が荒んできて、チームワークにも支障が出ると思います」 「いいかポッコ、うちは一課の後始末をする部署だ。綺麗にしとく必要なんかねえんだよ」 「もう、石頭なんだから。……いいですか、上司と言ったら父親も同然です。父が娘の気持ちを踏みにじってどうするんです。心に毒が溜まって蛇になりますよ」 「蛇だと?」  訝し気に眉を持ちあげたダディに、俺は「……やれやれ、とんだお嬢さんを持っちまいましたね、ダディ」と言った。 「こんなあばずれ娘は知らねえよ。ここは刑事部屋だ」  俺たちが殺伐とした会話を交わしていると、枯れ木のような細い人影がふらりと入り口から姿を現した。 「うひゃあ、なんスかこの綺麗さは。一瞬、違う部屋に入っちゃったかと思いましたよ」  やってきたかかし――ケヴィンは室内の様子を見るなり、頓狂な声を上げた。 「見ての通りさ。鳩のご乱心だ。……ダディ、なんだか頭に毒が回ったようで、すっきりしません。ちょっと外勤して毒を抜いてきます」 「カロン、外に行くならこの魔物をどうにかしてからにしろ」 「そうっスよ兄貴、出るなら俺も連れてって下さい。こんな部屋、落ち着かないっス」 「なんですって?ケン坊、あなたまさか元の汚い吹きだまり部屋に戻した方がいいなんて思ってないでしょうね?」 「あ、いやあの、俺は……」  ケヴィンが言いよどむと、今度はダディが「おいケン坊、お前、俺と鳩とどっちの味方だ?」とすごんだ。 「いわんこっちゃない、お前さんがおかしな思いつきを実行したせいで、うちの部屋は麻痺状態だぜ。どう解毒してくれるんだ、ポッコ?」 「人聞きの悪い事言わないでカロン。慣れればいいだけの話でしょ。もし綺麗な部屋になじめなくて死んじゃったら、私があなたの本音を聞いてあげるわ」 「なんだって?」 「どんな思いを残して死んだの、カロン。特務班のことをどれくらい大事に思ってたの?……ってね」    ――死神、鳩にろくでもない事を言わされる前に成仏させてくれ、頼む。  不敵な笑みと共に胸を反らした沙衣にばれぬよう、俺はひっそりと呟いた。                  〈了〉
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