第1話 刑事になるか、さもなくば死を(後)

1/1
前へ
/84ページ
次へ

第1話 刑事になるか、さもなくば死を(後)

「仕方ない、楽しい仕事じゃないがせいぜい、死霊と親交を深めてきますよ。……ただもし、大垣が真犯人じゃないって証言が出てきたらそんときはどうするんで?」  俺が挑発口調で言うと、ダディはにやりと凶悪な笑みを浮かべ「その場合は別の『真犯人』を見つけてくるんだな、カロン。お前さん、いつも言ってるだろ。成仏させられる魂は多いほどいいってな」と言った。 「そりゃ、ホトケが真犯人を知ってた場合ですよダディ。うちに来るような案件は大体が一筋縄じゃ行かないものばかりです。捜査一課の連中に、せいぜい二度目の迷宮入りを覚悟しておけと言っといてください」  俺が取り掛かる前から気乗り薄であることをさりげなく強調した、その時だった。ドアが開いて木の枝みたいな細い影がゆらりと入ってきた。 「あ、兄貴。戻ってたんスか。聞いてくださいよ、兄貴が言ってた通りやっこさん、やっぱり罪を実の弟に全部、おっかぶせるつもりだったんです。奥さんの霊が証言してくれなかったら、どうなってたことか……」  興奮気味にまくしたてたのは、後輩刑事のケヴィン犬塚、通称ケン坊だ。今にも折れそうな身体にブカブカのアロハ、今時珍しいリーゼントヘアはどう見ても刑事には見えない。 「ケン坊、そいつはもういい。今から次の案件に移れ」 「……えっ、今からですか?」  俺が頷くと、ケヴィンの後ろから現れた人影が「ちょっとカロン、乱暴すぎるわよ。まだ容疑者が自白してないのに」と入ってくるなり苦言を呈した。 「そんなもんは取り調べ担当に任せておけよ。こっちは現場至上主義だ。ぐずぐずしてると霊が薄まって消えちまう」  俺が意見を一蹴すると、鳩のような目を持った女刑事――河原崎沙衣(かわらざきさえ)は頬を膨らませ、丸い胸をふんとつき出した。 「相変わらず生きてる人間には関心がないのね、カロン。そんなんじゃ永久にこの部屋から出られないわよ」 「死体になって出るさ。それより聞き込みに行くぞ。とっとと支度しろ」  俺が先輩らしく檄を飛ばすと、ケヴィンが「はあ……今度は何スかあ?」と尋ねてきた。 「泣く子も黙る連続殺人鬼『ヒュドラ』の犠牲者がいるところ……つまり殺害現場だ」 「連続殺人鬼って……そいつは捜査一課の仕事でしょ。うちらは死者とお話するだけの部署じゃないんですか」 「ふん、殺人鬼と聞いて腰が引けたかケン坊。だったらダディと水入らずで内勤するんだな。戻ってきて身体の骨が全部折れてたら、俺が入れ物を探してる浮遊霊を連れてきて口から入れてやる」 「そんな殺生な。わかりました兄貴、行きます、殺害現場でも墓場でも喜んでお供します」  俺は必死の表情で哀願するケヴィンを見て、微妙な気分になった。どうやら奴にとって、うちの上司は悪霊よりも連続殺人鬼よりも恐ろしいらしい。 「カロン、連続殺人鬼って本当?」 「ああ。お前さんは知らないかもしれんが、うちの署全体を揺るがしかねない大事件だったのさ」 「ケン坊ほどじゃないけど……私もなんだか怖いわ」 「ふふん、これから向き合う犠牲者は若い女性らしい。ひとつ死者とじっくり話しあってみたらどうだ?殺人鬼に襲われた時の心得をレクチャーしてくれるかもしれないぞ」 「とことん悪趣味ね、カロン。生きてる人間のふりをしてるけど、ひょっとしたら『死神』はあなたの方なんじゃないの?」  俺は沙衣の意外な返しに一瞬、沈黙した。こいつ慣れてきたせいか時々、うまいことを言いやがる。 「そいつは言い過ぎだぜポッコ。俺があんなガリガリに見えるか?いくら仕事がハードでも、ガイコツになるまで働いたことはねえぜ」  俺は鳩に似た刑事にそう言うと、ダディにニードロップを食らった下腹部をさすった。              〈第二話に続く〉
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加