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第1話 刑事になるか、さもなくば死を(前)
――来る。間違いない、この気配は奴だ。
背後でぺらぺらのドアが開く気配があり、殺気を感じた俺は素早く壁に貼りついた。だが、上司兼侵入者は入ってくるなり身体を半回転させると、俺の鳩尾に膝を叩きこんだ。
「よし、いい感じに入ったな。いつもより引き締まった面になったぞカロン。感謝しろよ」
俺の上司、壁倉大三――通称ダディはそう言うと、大股で自分の席に去っていった。
「珍しく捜査一課の連中と話してたようですが、この部屋を潰す相談でもしてたんですか」
俺が軽口を叩くと、ダディは「そんな相談しなくても、いずれ潰れるさ」と鼻で笑った。
「お前さん向きの再捜査を一件、取ってきてやったぞカロン。殺人事件が二つ絡んでる」
「二つもですか。じゃあ真犯人を二人あげろってことですか?」
「そうじゃない。犯人は挙げなくていい。片方の事件は当分、再捜査の予定はないし、もう一つの事件はすでに容疑者を逮捕拘留済みだ」
「いまいち呑みこめませんね。何をしろってんです?」
「捜査一課の方から、この人物をぶちこむ手助けをしてくれと言われた。まあお願いというのはつまり強制のことだがな」
ダディが俺の方に向けて押しやったタブレットには、年配の男性が映し出されていた。
「なんだか見たことがありますね。有名人ですか?」
「そんなところだ。大垣圭一、中年になってから歌手デビューし、優しい歌声で一躍時の人となった人物だ。露出は少ないが、温厚で家族を大切にするイメージから好感度は高い」
ダディはそう言うと、ホワイトボードに大垣の写真を貼りつけた。タブレットの画面で見ると聖人君子に見えるが、こうして写真に写った物を貼りつけると訳ありの人物に見える。俺たちを捜査に駆り立てるための演出だ。
「逮捕済みなんですか?」
「ああ。だが黙秘を貫いてる。そもそも、こいつがしょっぴかれたのは別件で食らってた前科者がこいつから過去の犯罪を打ち明けられたとネタを売りこんできたからだ」
「再捜査をするってことは、よほどの事件なんでしょうな」
「聞いたことくらいはあるだろう。『ヒュドラ』事件だ」
俺はひゅうと口笛を吹いた。世事には疎い俺だが、それでも連続殺人鬼ヒュドラの名前くらいは知っている。六人だか七人の若者を次々と惨殺し、かき消すように消えた犯罪者だ。
「黙秘している人物――つまり大垣がその『ヒュドラ』ってわけですか」
「いや、そうじゃない。ヒュドラの犠牲者は全部で七人いるが、そのうち最後の二人は自分がやったと仄めかした人物がいて、それが今拘留されている大垣容疑者なんだ。ところがいざ尋問すると、自分から話を聞かされたというのはでっち上げだという。事件は三年前と古く物的証拠もない。そこでお前さんに――」
「殺された二人の『霊』に直接、犯行当日のことを聞けと、こういうわけですか」
「その通りだ。察しがいいなカロン」
「しかしもし、そいつが二人を殺した犯人だとしたら、捜査することで『ヒュドラ』の被った二件の冤罪が証明されるわけですよね?よりによって連続殺人鬼の汚名を晴らす手伝いをさせられるとは、うちの仕事もついに正義から闇寄りになってきたってことですかね」
俺が自嘲気味に感想を漏らすと、ダディは「面白いことを言うじゃないか、カロン。うちが正義のために動いたことがあるか?少なくとも俺は知らねえな」と言って豪快に笑った。
〈第一話 後編に続く〉
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