未完

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この本は、ある女の子の一生を描いたものである。 ある平凡な家庭の長女として生まれた彼女は、生まれつきの難病に身体中を蝕まれていた。そのせいで幼い頃から、入退院を繰り返してきた。 家では常に腫れ物扱いされ、父親と母親が彼女に注いだものは、愛情ではなく哀れみであった。 学校では、友達は一人もおらず、いじめの対象となっていた。 上巻はそんな彼女が医師から余命宣告を受けたところで、幕を閉じる。 「治くん、趣味悪いよね。こんな、ダークな本のどこが面白いわけ?」 僕自身もなぜこの本が素晴らしいと思うのか気になっていた。本の内容は、胸糞悪く、正直読んでいて楽しいと思えるような物ではない。 しかし、なぜか僕はこの本に惹かれた。彼女の人生がとても美しいと思ってしまった。 「けど、この本を読めるのも今日で最後なんでしょ。下巻を探し出さなくていいわけ?」 彼女は僕の前の席に腰掛けながら、呟くように話した。 今日、僕は文芸部を引退する。引退したら、文芸部の保管庫の鍵は顧問に返却しなければならない。つまり、引退したら僕はこの本を読む権利を失うのだ。 また、部員が僕しかいない文芸部は自動的に廃部となる。 「いいんだ、逆に光栄だよ。僕はこの素晴らしい名著の最後の読者になれたんだから」 僕は、本を閉じた。 「君ともお別れだ。僕がこの席に座る理由はもうなくなる」 そう言いながら、彼女の姿を改めて見る。 黒く長い髪に、つぶらな瞳。白い肌に、華奢な体。制服のスカートから伸びる細い両足は、まるで初雪のように白かった。 そんな彼女を片目に、僕は本を持ち、席を立とうとする。 すると彼女は、いつもの甘い声を出しながらこう言った。 「私この下巻を読んだことあるよ」 僕は誤って、床に本を落としてしまった。
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