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振った過去
「ねー覚えてる?」
25年振りの同窓会。僕は、45歳――職業ニュース・キャスター。
昼から始まった同窓会は、2次会を経てお開き。ようやく喧騒から解放され、とある女(ひと)と差しで飲んでいた。
ちなみに一説によると、金子が、急性アルコール中毒で搬送されたとか・・・
非番の日くらいニュース沙汰は勘弁して欲しいと思いながら、グラスを傾けている刹那、君が訊いてきた。
「何の事?」
「私、あなたに振られた事あるのよ、全校生徒の前で・・」
「えっ?!・・・嘘だぁ・・」
「ふふふ、忘れたとは言わせないわよ・・」
君は悪戯に笑った。その瞳は20年という歳月を掛け、蒸留された上質な琥珀色にキラリと映えていた。
そんな筈はない、今、僕の目の前にいる女(ひと)――今や日本を代表する女優にまで成長した女(ひと)。
覚えてない、思い出せない。そもそも、君の高校時代の姿が浮かばない。
”思い出すんだ”
昼間と同じよう記憶を掘り起こした。
それは昼間とは違い、極めて能動的衝動に駆られたものだった。
思えば、高校時代、僕は三人の女性に告白した(金子は眉唾だが・・)。
その一方で告白されたことなど?・・
「ごめん、覚えてない・・第一、ありえないっしょ、君を振るなんて・・」
「ふふふ、今を時めく人気キャスターは、お世辞がお上手ね」
君が奥ゆかしく笑う、それだけで絵になりそうだ。
「そもそも、俺って、告られるタマだったかなぁ」
僕は、グラスを置き、述懐した。そう、高校時代の僕は、かなり痛々しかった覚えがある。
今日の同窓会で散々言われた事――”まさか、お前がこうなるとは!!”
会場にあった高校時代の卒アルを25年振りに見た。そこに映る僕――やる気のないだらしない髪型、牛乳瓶に淀んだ眼、およそ好感度なんて微塵もない僕がそこにいた。
「そうかな、私は好きだったな、あなたの声・・」
「声?・・」
「そう、声・・」
そう言えば、そうだった。ひょんな事から僕は、放送部に入り、自分の声に思わぬ可能性を見い出したのだった。
K大へ進学、周りに触発され、身なりが変わり、しだいに放送の仕事に興味を持つようになったのだ。
カラン・カラン・・君はグラスの中の氷を絡ませ、一口付け、遠目をした。それはまるで映画のワンシーンのように濃艶だ。
ますます分からなくなっていた。。この美の象徴のような女(ひと)をあの時の僕が袖にするなんて・・
僕は息をのんだ。グラスを傾け、しばし考えた。
「ちなみに、例えば、そうだったとして、僕は、なんで断ったのかなぁ」
「あれぇ・・ホントに覚えてないのねぇ・・確か、あなたはこう言ったの
”ごめん、君は、僕と同じ匂いがするから”って・・」
その瞬間、脳内に閃光が走った。
「まさか・・君って・・・ひょっとして・・・」
「本名・真山麻子・・放送室で、いつもあなたの目の前にいた」
「えぇ?!ーー、あの地味で、黒縁で、ボサボサの??」
遠い記憶が、今、はっきりと輪郭を露わにした。
そう、あの日――放送室で君は言った。
「あの・・私、あなたの声好きです。よかったら、お付き合いしませんか?」
「えっ、何?!突然」
僕は狼狽した。ただ、黒縁の中の君の瞳は鋭い閃光を放っていた記憶がある。
「ご・ごめん・・君は、僕と同じ匂いするから・・」
更に、あろうことか、マイクは入ったままとなっていたのだ。この時のトラウマがあり、僕はマイクの切り替えに敏感だ。
「しかし・・・信じられないね・・あの時の君が、今の君・・」
姿形だけの話をしているのではない。纏っている空気、オーラ、匂い、全てが年月によって醸造され、味わい深くなっていた。時の魔力を感じた。
「ホント、若気の至りだな・・・」
「どういう意味?・・」
「独り言だよ、お気になさらず」
「ねぇ、あなた、今、お一人様?」
「そうだよ・・」
「真山は?」
「同じく・・」
「ふふっ・・・吞みましょう」
「そうだな・・」
僕らは互いに見合わせ、微笑んだ。
同窓会も悪くない――今日初めて、そう思った。
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