独り芝居

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        第一話           「最後の誕生日」 午後11時。窓の外を見ると綺麗な満月が雲ひとつない夜空を照らしていた。あの人は、今何をしているのだろうか。毎日のように病院まで見舞いに来る彼。  最初は笑顔を取り繕うことが辛かった。だけど、私の本当の気持ちを私が死んだあとに彼に分からせようと決めてからは何も辛くなくなった。私は、彼を騙し続けるために笑い、ふざけあい、泣いた。正直、自分でも驚いた。こんなにも感情と行動を切り離すことができるんだと。そして今は彼への手紙を書いている。  多分、今の私は狂っているんだと思う。恋人に八つ当たりをし、もうすぐ自殺しようと言うのに平然と遺書を書いていられる自分が。小説や漫画なんかで、恋人がお互いに最期まで愛し合い、どちらかが病気に侵されて死ぬがもう一人はその悲しみを乗り越えて生きていく、なんて感動のラストがよくあるが、現実はそんなことにはならない。私に限らず、誰もが、不治の病にかかり余命を告げられれば狂ってしまうと思う。  時刻はもう11時40分を過ぎていた。私は静かに首吊りの準備をしながら、彼がこの手紙を読んだときの反応を想像した。自分が愛していた、また愛されていると思っていた相手が実は自分を絶望させるために騙し、自殺したなどすぐには信じられないだろう。その事実が彼を苦しめ続けることになるだろうが、私が味わった苦しみに比べればどうということはない。その理由もこの手紙を読むことで理解するはずだ。  準備が終わり、満月を眺めているとスマホの音がなった。起動させ、まず最初に日付が変わっていることに気付いた。そして日付が示されているすぐ下の画面に彼からのメールがきていた。      「誕生日おめでとう」  やっぱり、彼は私の気持ちを分かっていない。今はこの文字を見ても何も感じないが、ほんの少し前までなら悲しみに押し潰されていた。「この言葉を言われるのはこれで最後かもしれない」と。   返信しないでおこうと思ったけど、不意にあることを思い付いた。ここで私が意味深な返信をすれば彼は病気に駆けつけ、私が自殺したところを一番最初に見る、ということだ。まあ、そうなるとも限らないが私は文字を打ち始める。彼が思いもよらない、たったの五文字。だけど、確実にその意味がわかる言葉。        「さようなら」 その数分後、私の心臓は音をたてるのを止めた。
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