ゲシュタルトと赤い国

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何か、様子が変だ。とコトは後ろを振り返った。 「ミライ……!!」 さっきまで一緒に此処まで来ていた彼女が居なくなっている。 嘘だ、どうして、確認を怠っていた。  とはいえ今後悔する時間すら無さそうだ。雰囲気からしても、この場所の構造上からしても今引き返すことは出来ないようだったから。 (進むしかないか……) 何かあったのか。無事だと良いのだが。 「彼女なら今居ないよ」 掠れて低くなった声がした。 「誰だ!」 コトが振り向くと、さっきまで其処に居た少女のフードの裾から、どろどろとした黒い何かが垂れて来て居た。 「名前? そんなものはないよ。北の、あの町に置いて来た、不法な移民に、名乗る権利などなかった……」 ク、ケケ………… と不気味な笑い声が響き渡り、一歩、一歩と近づいて来る。 「お前は……」 頭のつっかえがなくなったことで、フードが元の形状で被さらなくなると 首のない、さっきまで少女だったものが現れた。 「名前も、思想も、全て借り物。自分なんてものは何処にも無い」 さっきまで、全身がしびれているようだったそれは、身体を不自然に引き摺ってこっちに向かって来る。溶けている身体にあのガスは通用しないのだろうか。 「喉から絞り出したようなか細い声が、癇に障っていた。纏めて葬ってやりたかったのにな」 それ、は言う。 「そうだ、あの女のように」 「あの、均衡協定のときだ」 それ、は言う。 「俺よりも『まだ随分若い小娘』が、魔法が遣えるってだけで、国の補助をし、随分な出世をするかもしれないとわかった日には猛烈な嫉妬にかられ、不満や恨みが一気に爆発した。小娘に与えられるだろう地位を全員でリンチして乗っ取ってやろうと画策してしまうほどに悔しかったよ」 ――――俺? さっきまでの寡黙な彼女は何処にも居なかった。  もうなんだかわからないそれは、禍々しい殺気を放っていて、 独り言をつぶやき続けて居る。 (化けていたのか、それとも最初から……?) コトは咄嗟に魔法を使おうとした。 だが、今使える呪文は無い。浮かびそうな言葉が消えてしまう。 今可能な事と言うと、せいぜい彼女の射程に入る前にガスの出ている区域を抜けて城に飛び込むくらいしかできないだろう。 背後では未だ恨みがましい声が聞こえている。 「しかもあいつがなんと言ったと思う?  自力で魔法が生み出せない彼らの生産性を魔族が下支えしている。 それを人間側が『生産元を偽る事』で信頼と実績を築いてきた。 上に立って講談するだけの人間が「これをやります」と言うだけで支持されて その虐げた誰かのお陰である『実績』を元に人が政治が動いていく――――それが『同じ立場』に立つことでどちらもこなせる時代が来るのだと」 「果たして――――そんな事が可能だと思うか」 わからない。 コトが知っているのは、これまで彼と同じような疑問を抱き、同じような台詞を吐いた人は皆、自らが恵まれている際には口を閉ざしたという事実だけだった。 幸せになりたいといい、幸せを叩く事しか出来ないのが人の哀しい性なのかもしれない。  ぼんやりとそんな事を思っている値突如、ぶわっと、彼女だったものの周囲に黒いレースのような羽根の蝶が舞った。 近くの植え込みや壁を微かに浸食している。 あれに当たるわけにはいかないだろう。 「早く行かないと」 (……大魔女の一柱、エニアグラム) 急ぎながら思い出す。 彼女が、魔族の地位を上げようとしているという事、人間との間に協定を結んだというのはコトも知っている。 あいつの知り合いなのだろうか。  キャノたちに聞いていた限り、魔族側からは人類側に寄っているという批判も多かったようなのだが、彼女なりに共生の道を探り、橋渡しを続けて来ているようである。  (非人道的な支配、武力弾圧を受け続けて居る魔族側の人間社会としての地位を確立すべく、幼い頃から……)  そういえば彼女の生い立ちも謎である。 元々殆ど関わる機会など無かったが、背中に突き刺さっているカトラリーといい、いろいろと興味深い存在ではあるけれど。 等と言っているうちにスペース的には最後の1マスになっていた。 「このまま突っ切って、城に……飛び込んでもいいのか?」 目の前には大きな城門が構えているものの、 目に付く位置に監視が居るような気配はない。  「……と、思う、けど」 コトは少し不安になった。 視力が今も込神と同じように機能しているのか、ふと不安に駆られた為だ。 『彼女』を思い出す。 タワーの真下に居た彼女の姿。 あのときから既に、世界書がすり替わっている事を街が隠蔽していた。 「見てください!この大きなカブ!アーンド……」 バァン! と門が大きく開かれ、中から人が現れる。
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