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<font size="5">22:00</font>
結局なにが源だったのか、よくわからなかった。クルフィは、たぶんそれ、琴が壊しちまったわ、と言ったが、それしか言わなかった。それぞれ、怒られるのを覚悟でタワーの地下に戻ったが、男はご苦労だった、と言った。にこやかに、労っている。
「あの、おれ……」
琴は、なにかをいいかける。誰も触れない。クルフィは戸惑ってはいたが、そのうちすぐに、琴にこれまで通り接していた。過去に、力を使いすぎた自分が、わけがわからなくなり、拒絶されたことを、思いだしての判断だった。あのまがまがしく、黒い波にも、覚えがあった気がする。
入り口に立ったままだった三人に、男は思い出したかのように、中に入るように言って、付け足した。
「それよりも、制御装置(リミッター)が外れていた原因が、わからないのが問題だ」
一体なにが、それよりも、なのか、その場に居た者はそれぞれ予想したが、やはり聞かない。クルフィが一歩動いて、上着のポケットから小さな玉を取りだし、男に向けた。
「──たぶん、これ、欠片だぜ。あそこの制御装置の。今日見つけたんだ」
琴は、複雑そうに俯く。人間として暮らしてきた者は、リミッターの形状など、詳しく知らない。テレビでのニュース報道から想像するに、なにか埋め込まれる装置のようなものらしいが、普通に暮らしていれば関わりのない装置だった。
男が、なにか考える顔で、それを受け取る。手のひらに収まるサイズだ。
「これは……セルの一部分だな、恐らく」
クルフィが怖い顔になる。琴は、それはなんなのかと聞けずに、ひたすら俯いていた。自分が何をしたか、ぼんやりとだが思い出してきていた。
「──理性がほとんどないあのような男が、一定の、安定した炎を扱えるんですか?」
黙っている二人にかわるように、キャノが深刻そうに、男に聞く。取り乱していた彼女は、今はだいぶん落ち着いていた。
「それが──不思議なんだ。こんなケース、聞いたことがない」
「誰かがリミッターをいじるだけじゃ、あんなことは出来ないですよね?」
「……あの男が……犯人じゃない、とか」
琴が恐る恐る呟き、それから、はっとしたように口をつぐむ。誰も、答えない。話を戻すようにクルフィが言う。
「リミッターを外したやつと、男が、別……」
「待て。外れていたのは、セルの一個に過ぎない。たったそれだけでは」男が低い声になり答えた。琴は、話がよくわからなくて聞いてみた。
「セル?」
「セルというのは、リミッターの内部にある殻のある玉のようなものだよ。魔力を外気や魔女たちから抽出し、閉じ込めてもいる。
それとは別に滴定器と呼ばれるものがある」
クルフィがやけに冷静な声で解説してくれた。
滴定というのは標準液を中和するときの量を定めるために行う行為のことで、ここでは『魔力』の源となる成分をリミッターが抽出し、無力化、計測すること指す。
「おれ……あれは、押さえ付ける力みたいなの自体が、弱まっていると、思いました……なんていうか──」
琴がそう呟いた。瞬間、他の三人の表情が、固まった。それから、いやそれは、とか、まさかそんなことが、と口々に言い出す。動揺している。
「……つまり、リミッターは、故障してなくて、正常だからこその、外部からの──制限解除? リミッターは一定量の魔力を制限してるけど……」
「外部から制限を解除するには一定量をある程度越えてしまう魔力か、それとも、リミッター自体、無効にするか、撹乱するような、力か──」
「制限の仕組み。一度、源のサンプル、エネルギーになっている成分の登録が、必要不可欠……そこからの引き算……?」
キャノとクルフィが口々に言って、考えている。琴は、理解が追い付かない。男は、黙ったまま、彼女らを見守っている。
「……つまり、どういう──」
琴が口を開いて、聞くと、二人は同時に答えた。
「「意味がわからない!」」
「……はあ」
そういわれてしまうと、仕方がない。
「お前──あの男に、何を感じた?」
男が、ふと思い付いたように、琴に聞いた。
どういう意味がと測りかねていると、力の感じとか、印象とかだと言われて安堵する。
「……あれは、炎の感じじゃ、ありません」
「それは、どういう意味だ」
「炎だけど──なんていうか、火の要素、みたいなのじゃなくて──作られた、火っていうか……だから意思っていうより、なんていうのか……気持ちの悪い感じの……」
「作られた火、か」
なにか言い争い始めていたクルフィとキャノが、そのひとことで、ピタリと動きを止める。
「──今日は解散だ。ご苦労だった」
そう言い残し、男は考える顔をして、出ていった。
00:00
「……リミッターに使われている《もの》が、気になるんだよなあ」
手のひらで、透明な玉を放り投げながら、クルフィが呟いた。空には月が輝いている。
夕飯は、三人とも近くのレストランで適当に済ませ、(こんな夜中に開いているところもあるらしい)あとは少し遊んでからの、帰り道だった。
(ちなみに、夕飯代のクルフィのぶんは、すべてキャノがすごく自然に払っていた。こういうことは、昔からあるのだろうか……と、琴は複雑だった)
「もしそれに仮想魔法が使われているのなら……」
そんなクルフィが言う。真剣な顔をしていた。ちなみにさっきはでかいハンバーグが乗ったチャレンジメニューとかいうのを、易々平らげていた、恐ろしい人物である。
夏の夜は寒いな、と髪を下ろしており、そうすると、なお小顔に見えて、大人っぽかった。
「なんですか、それ」
琴は問う。キャノが答える。
「仕事中に、ちょっと聞いたことがある。ひとつの魔法から、波を真似て作った力だよ。リミッターへの本物の要素設定量が足りない場合、代わりに使うことがあるらしいの。偽物の要素を作成することはそれを使えば可能かもね。あくまで機械の話であって、使うような人間は聞いたことないけど」
セルの内部を数値として計算するには、リミッターの内部にもまた基準になる成分が必要だった。魔法を魔法で押さえつけているのだから皮肉な話だ。
人間には使役できないが、ちかしい成分が作れることはわかっているらしくそれが、設定を上回る魔力であるかの基準を定めるのに使われるらしい。
「力自体を押さえつけるしくみとして、吸収して無効化するだけの……その……中和する力が必要では」
コトが聞くと、クルフィがそうなんだよなと呟く。なぜかどこか弱々しい声でもあった。
聞く限り彼女たちも、詳しい構造は知らないようだ。
「術者にダイレクトにかかるんだから、
暗示系統……代々からの呪いに近いものかもしれないな。
依り代が国自体の規模なら出来なくはないだろ」
そのときふと、コトが思い出したのは、持続系の力はどこかで解除しなければ、いつかは力尽きることだった。
「リミッターには寿命が?」
「ああ、あるよ!」
キャノが楽しそうな声で言う。
「でも、定期的に管理されるから、滅多に、使われなくなったリミッターには出会わないけど」
クルフィは夜風に長い髪を靡かせながら、くすくすと笑った。
「リミッターをこわそうとしたやつも居たらしいぜ」
キャノもふふふ、と笑った。
「あぁ、なんかたまに聞くね。でも……捕まっちゃうから、みんなそんなにやらないみたい、あぁ……あまりおおっぴらにこの手の話をすると、まずいか」
そして少し寂しそうにした。
「以前もそう。民間をスパイと断定しての蹂躙虐殺が行われた。
一般市民の情報を抜き出しているのは企業側なのに――企業が戦争を仕掛けたの。魔女狩りの頃から、何も変わっていない」
『リミッターに、使われているもの』
『持続的なもの』
『人間が、取り込む場合がある』
国規模の依り代……
考えれば考えるほど、それの正体が、
教わらない答えが、
不気味なものだろうことが、コトにもなんとなく理解できてきていた。
知っては、戻れない気さえする。
彼女は、買ってきたアイスを食べながら言っていた。ちなみに、炒飯を食べて、ラーメンを食べて、オムライスを食べていた。わけがわからない。魔力があるほどに、もしかして腹でも減るのだろうかと、琴は不安になる。ちなみに、彼はちまちまと、うどんをすすった。
今のように難しい顔をしていると、今までテレビで見ていたのよりも、ずっと琴には、好感が持てる気がした。
今日の夜は、蒸し暑い──と思うが、クルフィはどことなく寒そうである。
彼女は風邪でも、ひきかけているのかな……と琴は気になってしまう。
「……そこから着想を得て、試しているやつがいるのかな……それとも、事故か? 人間に取り込まれるような事例は、今までなかった」
観察に気付いたのか、気まずそうにクルフィが付け足す。
「はあ……小麦粉がないから米粉を使ったみたいな感じですね?」
「琴ちゃん、すごいざっくりまとめたねー」
──ちなみに、キャノが変装して泊まっているらしい、市内のホテルに向かって、三人並んで歩いている。あんまり楽しくない会話を、ほのぼのとしながら。異様な感じだった。
どうやって逃げたのか知らないが現在指名手配中のアイドルと、魔族だった少女と、人間のはずの少年。
「鬼退治は……違うな」
琴は呟く。夜風が心地好くて、なんだか酔っている気分だった。
「今は、魔女じゃなく鬼、鬼狩りって言っているらしいよ」
キャノが小さく呟く。
「え?」
「ううん。何でもないの……憎む相手を、種族で呼ぶだなんて、古いと思う。それだけ」
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