18人が本棚に入れています
本棚に追加
Episode3 prologue 炎
――当選された方には権利が付与されるとのことですが、同日にほぼ当選確実な権利を行使していたこと、蔓延防止対策を鑑みていただきまして、せめて一か月でも延長していただくことは出来ませんでしょうか?
もちろん、期限内にライブ等がない期間もあるので早く使うことが前提でルールも理解しているのですが、なんとかご考慮していただけたらと願い、問い合わさせていただきました。
――えぇ……はい、あっ、ありがとうございます!
――今のうちに、前に断られた命さんとコラボ企画してしまいましょうよ
――そうですね! コラボって名前を紛れ込ませてしまえば、どうにか
――でも、もう来ないでって言われていましたよね、higurasi社
――そこを、なんとか。もうそちらに寄りかかるしか、うちの再起の道は無いんです。
――……そちらはただ、借りれば良いだけで、
それでいいのかもしれないですけど……許可しないことを表明しても連絡してくるの、前回もでしたよね?
――えっ。そんな、もう広告だけうっちゃってますよ
――(いい加減にしてくれよ……! いつまで粘着する気なんだ? うちは全く許可なんかしていないって言うのに)
Episode3 炎
坂下花菜奈。通称『はにゃにゃん』は、アイドルだ。キラキラ、ヒラヒラ、ふわふわ。そんな言葉で飾られる、おしゃれで可愛い──『個性派』という名の、しかし、ありふれた『テンプレート』として、生きている女の子。
もともと、アイドルではなく、魔獣や魔物を診る医師を目指していたのだが、どうしてだろう。地道に勉強を積み重ねた道から、なぜか真反対、彼女自身よく知らない道へと歩いてしまっている。
『社長』との、コネがあるから使えとお父さんが勧めてくれたのだ。
魔物を狩る仕事をしていた両親は、魔物を癒す仕事に猛反対し、よく、家でも反発していた。『あなたたちは、魔物に襲われた時代を知らないから』が、お母さんの口癖だ。
確かに彼女は、彼らの苦悩を分かりきることは出来ない。でも、目指していた。それを目指してきた。
だから、言うことを聞いて、こっそり異国に渡ったふりをし、そこで2年くらいしたら辞めて帰ってきて、またこっそり就職しようと考えていた。
もちろん簡単なことではないだろうし、問題も多いだろう。しかし、目の前の──頑固な父や、真面目な母の心情を理解し、苦悩を分かち合い、それを踏まえて、説得して上手にわだかまりなく和解するよりはまだ、こつこつと努力してそれらを叶える方が、簡単だという気がする。
でも結局、結果が出てしまえば前者の説得だって、なんとかなるという気さえしたのが本音だ。
彼女は父の言うことを聞く──ふりをして、日本に来た。しばらくは静かに言うことを聞いてみて、それが体に馴染んでしまったら、本当の夢を諦められるかもしれない、という、投げやりな気持ちも、実はあった。
むしろ、そちらがメインだったかもしれない。
しかし結局は、日本に来た今でも、夢をあきらめずにいる。ただ、まだ保留中だ。
彼女は、国に帰ることを視野に入れつつも、会社に就いてすぐにアイドルになっていた。『社長』に、やれと言われたというか……そんな感じに、事情があってやっている。
最初はその指令にも、驚いたものだが、どの仕事にも、やればまあまあ、慣れ、今はそれなりに過ごす日々だから、お父さんにも感謝しようかななんて今は思う。悪くはない仕事だった。
アイドルをしていると、たまに「何やってんだろ」と、我に返って思ってしまうこともあるが、カメラに映る瞬間には、ハイテンションではっちゃけられる。
彼女はいつの間にか、感情の切り替えが上手になってきた。キャラを作っていれば愛想を振り撒く労力の消費を少しマシに出来る気がする。笑顔になるには、もはや考える気力さえ使わなくなり、オートモード。
「……なんか、なあ」
これはこれで、まるで人間ロボットに近づいて行くような錯覚を覚えてしまう。──私は、本当に楽しいのか?
今はそこそこ人気で引っ張りだこだが、これで長くやって行けるのかと聞かれたら、自信がない。
たまにオフの日には、ぼんやりと、借りているホテルで、空を眺めて、考えるようになった。
「会いたいなあ……」
私の、王子さま。
幼なじみの、大好きな、彼女を想う。今、どうしているのだろう。想うだけでも、疲れたときにふと、元気をくれる……気がする。
あの『事件』があってから、『彼女』は、大人しくなった。
外から見れば明るくても、本質的には内気な彼女は、悩みもすべて溜め込んで、一人で解決する。
そんな彼女だからこそ──強くて、頼りになって、格好良かった。
けれど、そんな彼女だから、心配だ。
彼女は普段悩まない分、悩むとなると、異常に抱えてしまうから。
もしかしたら、ずっと、まだ──あの町で、家に籠っているのだろうか。
──と、電話が鳴った。
誰からだろうと、パールホワイトの携帯電話を開く。可愛いピンクの待ち受け画面いっぱいに、パクパクとくちを開閉する白猫が、いつも通りに映っていた。
頭には赤い受話器。その猫のキャラクターが、着信を知らせるときのポーズだ。
適当なボタンを押さえると、すぐに応答画面に切り替わる。
『……あー、やっと繋がりましたよう。もう、ちゃんと出てください!』
聞こえたのは、やけに語尾が強調された、棒読みの、平たい敬語。キャノは、この声に少しだけ、落胆を覚えた。『彼』が嫌なのではなく、先ほどの想い人からの着信かと、彼女が勝手に期待してしまったからだった。
「……マネージャーさん」
『フローで良いですよう。なんですか、そのがっかりした声』
「いえ、なんでもありません。どうしたんですか? 今日は『私』お仕事入れてませんよね」
『……いえ。そうじゃなく。あの。確認、といいますか…………あの。ぼくは本当に、信じていますが、この前のライブ活動中にあった、謎の火災───本当に』
「僕ちゃんじゃないよ!? みんな、みんなそう言うけど、本当に、違うんだよ」
──つい最近、ライブ活動中に、突然、火災が起きた。未だ犯人はわかっていないが、その犯人として、キャノは疑われており、最近は特に、なるべくのお仕事は控えている。
幸いにも怪我人はなかったものの、新曲の振り付けの、一番目立つ部分で、やけにタイミングが良かったことや、彼女の手を振る方向ごとに、火柱が上がっては消えたことなど、様々な理由から、彼女が犯人にされた。
それらひとつひとつ自体は、こじつけと言えなくもない程度のものだった。
だが、多くの人は、一斉にそれを信じてしまった。自分で見たわけでもなくとも、誰かから聞いたり、あるいはテレビで見たというだけで、真実と決めて、疑わない人も、少なくなかった。
しかし彼女自身が驚いたのは、そのことではない。──そんなことには、もうとっくに慣れていたはずだった。だから、別にそれ自体が辛いのではない。
慣れていたはずなのに、今、なぜかひどく動揺し、周りに嫌気がさしていて、そのことが、彼女を驚き、戸惑わせている。
自分がこんなに脆いなんて、今まで思ったことがなかった。だからどうしたらいいかわからない。
『……ええ、ええ、最近、未だ生き残りの魔族への風当たりが強いですが。きっと、そのための──何か、人間どもの仕掛けがあるのでしょう。ぼくは、あなたから言葉を聞きたかった、それだけです。すみません……いきなり』
否定の言葉が聞けたことに、彼は安堵したような声を溢し、何度も相槌を打った。きっと、今本当に、受話器の向こうで頷いているのだろう彼が想像出来て、少し和む。
「ううん、心配してくれて、ありがとう!」
ついつい『仕事モード』のキャラでのタメ口になってしまうが、彼は何も言わなかった。もともと、彼は敬語は無くて良いと言っている。
『彼』も、魔族の生き残りの一人だ。キャノに、付かせるために『会社』が送っていたらしい。
そういえば、会社というわりに、芸能活動のせいで、あんまり行った覚えがないなと、ふと考え、それから、彼に礼を述べる。
「あのとき、マネージャーさんがすぐに火を消してくれて、すっごく助かりました」
『当然ですよ。あなたが下手に動いたら、全世界に気付かれちゃって、何のために活動をしているか、わかりませんから』
キャノが秘密裏にしているのは、そもそも、全世界に向けた洗脳活動だった。そのためのアイドルだ。一度、声を聞いたことがあるものは、慣れるうちに、彼女に対する洗脳、催眠への耐性が弱くなる。
「それでも、ありがとう。私、マネージャーさんが居てくれて、心強かった」
何度も、感謝を述べずにはいられない。
彼女の実情を、正体を把握して、協力している彼には、本当に何度も、救われてきた。
思わず笑顔になるキャノと裏腹に、しかし彼は、何か言いにくそうに、声を低くし、口ごもった。
「……どうか、したの?」
『……あのとき──場からは、火の魔力の気配が、しなかったんです。もう、歳ですかね……』
「いや、私も、何も感じなかったの。だから、何も、気付かなくて──」
──そんなことは、ないはずで、力を使えば、何かしら空気に乱れが生じ、痕跡が残るはずだった。なのに、あのとき、一体なにが起こっていたのか、彼女も、彼もわからない。
(一体、この世界で、なにが起ころうとしている──?)
キャノは、不穏な雲行きを感じて、顔を歪めるしかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!