ゲシュタルトと赤い国

35/37
前へ
/410ページ
次へ
◆■◆ ――――そうですね、世界書なんて無かったとしても、言葉は心の中に、神は世界に居ますから。 ――――だけど、言葉を僅かな期間文字として封じる事は出来たわけです。 そしてそれはひっそりと保管される予定でした。 ――――それすら破壊したのが、今の××××××なのですが、 「ですからお尋ねしているのです。貴方が何もしてないのに 『気持ち悪い!』と言われる事はありませんでしたか。『何故そんな事を言うのか』と言われる事はありませんでしたか?」  紺色の警備服を着た女性たちがあるオフィスカウンターを訪れる。 「どういう、事でしょうか?」 受付をしていた女性は苦笑いをした。 質問の意図が汲めなかったためだが、来客たちは真剣なようで、とても冗談を言っている雰囲気では無かった事も彼女を戸惑わせた。 「……えぇと、待って」 彼女は静かにカウンターの引き出しから海苔を取り出す。 その間に警備服の二人は顰めた声で相談し始める。 「あ――――慌てて海苔を用意し始めました。これはやはり当局を警戒している仕草なのでは」  当局、に明確な名前は付けられていない。 これは部署が呪文に組み込まれない為なのだが通称としては『大麻取締り』と称されており、二人はその『大麻』を取り締まっている。 「海苔を用意する、というのは何か仕来りでも?」 「えぇ、昔なんですが……この辺りで魔女狩りのあった頃今のような問答をすると『海苔』を用意するというのが行われたのです」 「はぁ?」 「何故海苔なのかはわからないですけど。スパイが、呪詛などが口から出てくるのを代わりにして防ぐ目的で、まぁ、気休めですね」 「待ってください、スパイって何のことですか」 「スパイと言うのはね、昔あった魔女狩りと同じようなものです」  本来、魔族側では記述者の親族間での書物閲覧は禁じて居る。  これは力の強い魔術師、魔力を持つ当人の『本の影響』を親族、特に三親等間が最も受けやすいためだ。 言葉を耳にする、或いはその本を目撃する事で、そのまま術が暴発する、 或いはシンクロする、力が憑りついてしまうという事が相次いだことに起因する。  かつて『魔女狩り』が行われた際にも、多くの者がその影響に憑かれたが、元々は一冊の本と、それに触れた親族が事態をもたらしているという説もあった。  近年では人間側での規約違反が相次いでおり、当局の目を盗み、何処かが書物持ち出しなどのスパイを親族に頼むというケースが現れていた。 「本の影響を受けると特定の行動に固執し暴れるとか、ずっと呪詛を吐くようになるのですが、取り押さえてみると本人たちは何も覚えて居ない。という事が実は現地では何度も起きてきました」 とくに親族感での影響は大きく、またその力が複数に同時に憑く事、ヒトに憑いて喋る事などからかなり強い力を持つと言われている為、『神』として祀られている程である。 「基本、本に触れないようにと厳しく言っているのでこの症状が現れるのは違法な事をしている証拠というものですね。録画はされているので、そのときの暴れようなどから逮捕されたりはするのですけどね……」 「もぐもぐ」 女性は海苔を口にし、必死に首を横に振る。 「おまつりだー、おまつりだー、ほらほらほらほらおまつりだー♪」 「あの……」 「まーつりだまつりだまつりだ♪」 突然、女性がおまつりだーと繰り返すようになる。 狂ったように海苔を食べ、笑っている。 警備服の女性たちはその歌に思わず気持ち悪い、と口から出掛かった。 「やはり、羽浦所長に相談すべきでしょうか。お父様が金属に代わったときでさえ――取り押さえが遅れたせいで甚大な被害が出ました。あの件に関わっている可能性もあります」 「崎さんが連絡を取っているのかどうか、私にはわからないですけど。そうですね、ナナカマドさんの側はまだ武力行使はしていないですね」 「ただ不可解なのが、海苔を食べるというのを誰から教わったのか――――」 二人は何やらこそこそと相談を重ね、その間も狂ったようになっている女性を見て顔を見合わせる。そのときだった。  オフィスの奥の方から何故か中華風の衣装を着た小太りな男性が現れ、よたよたと歩いて来て言った。 「おいおい、その件はヨウも言っていたじゃないか。それは大麻じゃない、悪戯な霊が悪さをしているだけだと」 「えっ、ヨウさんが? なぜ、彼がわざわざこの件を気にして――――?」 「何故言い切ろうとしてるのですか?」 ――――どうするのが正しいのでしょう。 或いは神の解放そのものが世界の変革をもたらすのでしょうか。
/410ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加