愛しのヴェロニカ

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 母は子どもの俺に、世の習わしを教えてくれた。父が家から逃避していたこともあり、俺は一貫して母を尊敬している。そんな偉大な母が壊れゆく姿に苛立つから、つい余計に強く当たってしまうのだと思う。  その度、自分の矮小ぶりとダメさ加減に落ち込む。無益な繰り返しに嫌気がさす。  危険を理解できないシーンでは、声を荒げてやめさせるのもやむを得ないだろう。でもせめてそれ以外は、昔のように笑いに変換することはできないものか。  自分1人が愚かに焦燥しているようなモヤモヤした日々の中で、こんなことがあった。 「見てよ、俺が仕事の時に着てるカーディガン。袖が先からほつれて肘までベロンベロンになってさ。スターじゃねえっての…直し屋に見せたら修理に5000円もかかるって。元が3000円なのにだよ?買い直すしかねーな…ハァ」 「どれ、貸してみなさい」    次の週末。実家に行くとそのカーディガンが見事に直っているではないか。ラスベガスのエルヴィス・プレスリーか、成人式の振袖か、ってくらいに華やかだったビロビロの袖は、常識的な筒形に戻っていた。 「お、直ってる!ありがと、直しに出してくれたの?」 「何言ってんの、私が縫ったっしょ」 「え?いやでもこれ、すんごい綺麗に…」
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