愛しのヴェロニカ

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 そういえば。母は若い頃に洋裁の学校に通っていたそうで、裁縫やミシンがけが得意だった。子どもの頃、でっかい足踏みミシンで俺の服を縫ってくれた母の姿を思い出す。でも今の家にミシンなどないから、これは手縫いというのがまた凄い。  三子の魂百までとは言うが、もう何もできなくなっているのではと危ぶんでいた母の技術に、心底驚いた。そして、勝手に母を諦めかけていた自分を恥じた。 「すごいね、昔覚えたことは忘れないっていうけど」 「でもね、目が悪くなってるから昔のようにはいかないね。だいぶヨレちゃったわ。ははは」  新品のように蘇ったカーディガンを羽織って、俺は。  なぜだか、涙を止められなかった。  少女のようにイノセントな表情で、穏やかに笑う母の隣で、あくびのふりをして誤魔化すのが精一杯だった。
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