【3】氷の修道院

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「ヤッタ!」 「マリア様のお部屋のベッドってそんなに大きいの」 「皆で一緒に寝れるくらいだ」 「なんで、そんなに大きいの?辺境伯のスケベ!」  子供たちが一斉に立ち上がり、修道院を目指して走り出した。それを追うように、大人たちもまるでダンスでもするかのように軽やかに走り出す。 「ええ……。先頭、辺境伯じゃありません?」  ミアは立ち上がり、寒さを全く感じない不思議なマントのフードを被った。 「ほんとだ」 「私、辺境伯と寝るの嫌ですよ」 「なぜ」 「辺境伯にはエフレムがいるじゃないですか。たぶん、男性ですけど」 「あー……。そのことなんだけどな、ミア」  アルマの左へ立とうとしたミアは急に距離感がつかめなくなり、ぶつかって跳ねかえされてしまった。 「ミア!大丈夫か」 「だ、大丈夫です」  尻もちをついたミアは苦笑いを浮かべ、立ち上がる。 「ミア、右目の調子が悪いんじゃないか」 「……」 「空から見た時、左右で光彩の収縮が違っていた。おそらく右目、あまり見えていないだろ」 「フクロウって本当に目が良いんですね」 「オセの隣に並んで膝をついた時もそうだ。人間はあんな時、一糸乱れぬ整列をするのに距離感がおかしかった」  獣人の知能はかない高度なのではと思っている。ミアは、誤魔化しきれないと首をすくめていた。 「アルマ様はお医者様なのですね」  他の四長は治める領土があるが、鳥類の長であるアルマは土地を持たず、あらゆる医学に精通する家門だと説明してくれた。ただ、地上で許されているのは、目の治療だけだと言う。 「目だけなのですか?」 「目が悪いと言うことは、狩ができない。それは獣にとって、死に値するからね。修道院へ戻ったら診よう」 「駄目です。なにかあってもこちらで治療は出来ません。規定違反になりますから」 「何かあってからでは、遅いんだぞ」 「分かっています」  ミアは右目の奥がズキッと痛み、思わず手で覆った。あの洞窟でもそうだった。と、あの瞬間、思い出したことが頭をよぎった。 「アルマ様」 「ん?」 「記憶って、操作することができるのですか」 「暗示のようなものか?」 「暗示か」 「それがどうかしたのか」  たくさんの突き刺すような視線を感じながら裸だった記憶――。眩しいライト、真っ白なタイル張りの部屋。何かを思い出しそうなのに、靄がかかったように記憶がぼやけている。 「私は地上派遣研修を一週間ほど離脱したことがあったのです」 「そうなのか」 「でも、それを思い出したのもごく最近の事で、オセに聞いたら覚えていないと言うのです」 「二年前に派遣されているから、その前のことだろ。人の事なんか覚えていなくても不自然じゃない」 「先ほど、アルマ様はあらゆる医学に精通していると。この目のことは幸い、アルマ様しか気づいておられない。折り入ってお願いがあります」 「何させようって言うの」 「些細なことが気になってしまうのです」  アルマは砂利を蹴りながら、笑っていた。
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