1139人が本棚に入れています
本棚に追加
「ヤッタ!」
「マリア様のお部屋のベッドってそんなに大きいの」
「皆で一緒に寝れるくらいだ」
「なんで、そんなに大きいの?辺境伯のスケベ!」
子供たちが一斉に立ち上がり、修道院を目指して走り出した。それを追うように、大人たちもまるでダンスでもするかのように軽やかに走り出す。
「ええ……。先頭、辺境伯じゃありません?」
ミアは立ち上がり、寒さを全く感じない不思議なマントのフードを被った。
「ほんとだ」
「私、辺境伯と寝るの嫌ですよ」
「なぜ」
「辺境伯にはエフレムがいるじゃないですか。たぶん、男性ですけど」
「あー……。そのことなんだけどな、ミア」
アルマの左へ立とうとしたミアは急に距離感がつかめなくなり、ぶつかって跳ねかえされてしまった。
「ミア!大丈夫か」
「だ、大丈夫です」
尻もちをついたミアは苦笑いを浮かべ、立ち上がる。
「ミア、右目の調子が悪いんじゃないか」
「……」
「空から見た時、左右で光彩の収縮が違っていた。おそらく右目、あまり見えていないだろ」
「フクロウって本当に目が良いんですね」
「オセの隣に並んで膝をついた時もそうだ。人間はあんな時、一糸乱れぬ整列をするのに距離感がおかしかった」
獣人の知能はかない高度なのではと思っている。ミアは、誤魔化しきれないと首をすくめていた。
「アルマ様はお医者様なのですね」
他の四長は治める領土があるが、鳥類の長であるアルマは土地を持たず、あらゆる医学に精通する家門だと説明してくれた。ただ、地上で許されているのは、目の治療だけだと言う。
「目だけなのですか?」
「目が悪いと言うことは、狩ができない。それは獣にとって、死に値するからね。修道院へ戻ったら診よう」
「駄目です。なにかあってもこちらで治療は出来ません。規定違反になりますから」
「何かあってからでは、遅いんだぞ」
「分かっています」
ミアは右目の奥がズキッと痛み、思わず手で覆った。あの洞窟でもそうだった。と、あの瞬間、思い出したことが頭をよぎった。
「アルマ様」
「ん?」
「記憶って、操作することができるのですか」
「暗示のようなものか?」
「暗示か」
「それがどうかしたのか」
たくさんの突き刺すような視線を感じながら裸だった記憶――。眩しいライト、真っ白なタイル張りの部屋。何かを思い出しそうなのに、靄がかかったように記憶がぼやけている。
「私は地上派遣研修を一週間ほど離脱したことがあったのです」
「そうなのか」
「でも、それを思い出したのもごく最近の事で、オセに聞いたら覚えていないと言うのです」
「二年前に派遣されているから、その前のことだろ。人の事なんか覚えていなくても不自然じゃない」
「先ほど、アルマ様はあらゆる医学に精通していると。この目のことは幸い、アルマ様しか気づいておられない。折り入ってお願いがあります」
「何させようって言うの」
「些細なことが気になってしまうのです」
アルマは砂利を蹴りながら、笑っていた。
最初のコメントを投稿しよう!