【2】最果ての絶望

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「今、赤くなってるだろ?」 「な、な、なってません」  人間は地下でも地上でも昔、中東の女性が宗教上の理由から身に着けていたアバヤをルーツとする白い服で全身を覆い、ヒジャブと呼ばれるスカーフで頭部を目元まで隠している。  だから、ミアの表情は伝わらないはず。しかしアルマは、ヒジャブの下で動物の話に喰いついてニヤニヤしているミアの表情の変化を感じ取ったようだった。 「まあいい。ミアは北への移動申請を出していたね」 「はい」 「その申請が受理されたんだ。今から、相方の人間も迎えに行く」  幼い頃、大昔のネイチャー雑誌で雪原に佇む真っ白なホッキョクギツネの写真を見た。思えばそれが、動物に興味を持ったきっかけだったことは間違いない。  地下へは北方の現地調査へ向かいたいと申請した。が、ホッキョクギツネの生息確認がミアにとっては最重要事項だった。生息を確認したところで、どうにかするわけではない。ただ、その存在があれば良かった。 「――オセも来るのですか」  同期のオセは、調査にあたってバディを組んでいるアルファ男性だ。嫌味な奴で正直、嫌いなタイプの人間だった。彼が来るとなると、現地調査も真面目にやらなくてはいけない。 「で、ミアは交尾したことある?」 「人間には無縁な話、と申し上げましたが」 「要は童貞ってことね。でもミアはアルファで特権階級なのに経験ないんだ。子供だからかな」 「子供ではありません。背は少し小さいかもしれませんが現在、十八歳です。大人だと思いますが」  ミアは、いつも持ち歩いているポシェットだけかろうじて持って来ていた。その中には、性別証明が入っており『male-Alpha』つまりは、アルファ男性と記されている。 「少し小さいどころじゃないよね。それに、人間の十八ってもう成長止まるでしょ」 『イクイクイク……ッ』 (勝手にどこかへ行ってしまえ……)  小さいと言われるのが、ミアは一番嫌いだった。研修期間中も、そのことでからかわれることが多かった。 「――ミア、そのオッドアイは元々?」 「アルマ様。私、トイレへ行ってまいります」  ミアは、アルマの問いを遮るように立ち上がった。 「その扉を出て、右に行った突き当りね」 「ありがとうございます」  妙な声も聞いていられなかった。甘ったるくて反吐(へど)が出そうだ。ミアは三日月のようにオッドアイの目を細め、扉のドアノブに手を掛ける。  途中、休息を挟んで何日も旅をした。  木箱ごと先ほどの部屋へ運び込まれたから、ここが一体どこなのか、さっぱり分からない。分かるとすれば、今が夜で首都に比べ、はるかに寒いと言う事だ。部屋の中でも吐く息が白い。
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