225人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
32. Appreciation
耕作地で忙しく指示を出していた耕三の心に、輝く星が飛び込んで来た気分になった。
「やりよったか。あいつは相変わらずだな。無茶ばかりする」
口元の緩むのが制御出来なくなり、皆の目に触れぬよう口を手で覆うと、スッと横を向いた。
玄達のカフェが開店するニュースが地獄中に駆け巡ったのだ。
「え~と、もうちょい右、うん。それでいいよ。真っ直ぐになった」
俺達はカフェの入り口となる岩場に看板を設置した。
「義晴、絵凄く上手だな。木の板に炭であんな風に描けるなんて、まじで画伯だよ。俺には絶対に無理」
「だな~ 死んでも絵は上手いな。病院でいつも描いてたもんな。玄の絵見せてやりたいよ。義晴の意見が聞きたい」
「勇、煩せえ」
「本当に義君上手。店名は、地獄カフェなのに、心がほのぼのする絵よね」
「義さん、アーティストですね。本当に素敵です」
義晴が、ジャム作り等の合間に仕上げてくれた看板。最後まで皆に見せず隅っこで1人、もくもくと制作に勤しんでいた。
「いや~ 照れるわ。ありがとう。地獄やからって暗いとか怖いとか嫌やってんけど、ミスマッチやったら、どうしようとも悩んだ。こうやって飾ってみてたら、雰囲気と合うて良かったわ」
人間が修行している場所から、俺の厨房へは監一の大きさの鬼が、1人しか通れない岩壁に挟まれた細長い路で繋がっており、その通路を出ると、先ずは何もない大きな広場に出る。そしてその広場を通り抜けると、俺の厨房があるのだ。
耕三は、1卓4脚のテーブルセットを、通路を抜けて直ぐの広場に設置してくれていた。ここなら厨房よりも広さがあり、尚且つ俺達の作業の邪魔にならない。まさに客席を並べるのに打って付けの場所だったのだ。
大型のテーブルセットが10個、小さいのは20個、上手く間隔を空けて設置してくれていたため、俺達がやり直す必要は無かった。
「マジでデッカイ机と椅子だよな。現世では見ないぜ」
「監一さん達、お尻大きいから、これくらい必要だな」
「この普通サイズでも、大きいのの横にあったら小さく見えるけど、近づいたら大きいで」
「本当ですね。私だったら足が着かないです」
「こうやって改めてみると、ここ飲食店だわ。店に入ったら客席があって、その奥に厨房。でもレジが無いわね」
「木札をどのタイミングで貰うんだ」
「どうしよう。やっぱテーブルで注文を聞いた時だよな」
「伝票とかあるの?」
「うん、紙とペンはあるけど、耕三さん卵の殻で造ったチョークも沢山転送してくれてて、木の板にそれでも良いかなって? チョークと木板なら繰り返し使えるし、製紙って大変な作業だろ、使うのなんか勿体ない気がして」
「俺は、玄のアイデアに賛成だぜ。チョークって卵の殻から出来るんだな」
「僕も知らんかったわ。何から出来てるなんて考えた事なかった」
「いつもあれだけの卵を消費したら、殻って凄く沢山出ますもんね」
「あ、だから焼却せずに、いつも耕作地に送ってたのね。コーヒーの粕もよね? きっと」
「うん、種でも何でも、耕三さん利用するみたい、ゴミじゃないって言われてる」
俺達はいかに現世で、安易にゴミとして物を捨てていたと心の中で反省した。
厨房に戻ると、作業台の上に布のような物が置いてあるのが目に入った。
「あれ、何か作業台に置いてある。何だろ?」
「カフェの制服だったりしてな」
「お、だったら本格的やん」
俺達は作業台の前に並ぶと、それぞれ手に取って、布の正体を確かめた。
「割烹着?」
「あははは、なんか懐かしい。おばあちゃん思い出す」
「料亭の女将みたいだな」
「でもこれ後ろで結ぶんじゃなくて、服みたいにすっぽり被り式、しかもフードまで付いてる」
「やっぱり、制服ちゃう?」
「この材質、普通の綿ぽくないですよ」
「理子ちゃん、本当だ。これ何かに似てるな、、、、、あ! 鬼のパンツ」
「鬼のパンツって何だよ」
「あ、私達が身に着けてる下着の事?」
「そう! このパンツ焼けないって気付いた?」
「あ、確かに窯に入った時に、下着だけいつも焼けないです」
「だよね。って事はこれを着たら、もしかしたら、窯に入った時、俺達の身体焼けないのかもな」
「ウォーー、だったら、めっちゃ嬉しいぜ」
「何度も窯に入れるって事だわ」
「それは、有難いですね」
俺は念のために耕三に電話をして確認してみた。やはり俺達の期待通り、これを着用して仕事に励めと告げられた。
「耕三さん、何から何まで本当にありがとう」
少し目頭熱くなる想いがした。それは、俺だけでなく勇も同様だった。
ふと上を見上げると、時計が『10:22』と示していた。
「そろそろ時間だよ。開店準備に取り掛かろう」
俺達は耕三が送ってくれた、焼けない割烹着に身を包むと、円陣を組んだ。
「では、いよいよ、前半の部を開店します。宜しくお願いしまーす。エイエイオー」
「エイエイオー」
俺達の熱い思いを含んだ雄叫びが、フル音量で俺のキッチンに鳴り響いた。
「いらっしゃいませ! ようこそ地獄カフェへ」
事前にセリフ合わせをしたかの如く、俺達のウェルカムは息がピッタリであった。
先ず、入口にある看板前を通ったのは、木札を手にした鬼長、監一と監二だ。
「この看板、見事じゃな」
「なかなか雰囲気が出ておる」
「義晴が描いたようです」
「ほぉ~」
義晴は自身が制作した看板が高評価なのを知り、ガッツポーズを決めていた。
「鬼長、監一さん、監二さん、いらっしゃいませ。この度は皆さんのお蔭で無事にカフェを開店する事が出来ました。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げると、突如これまでの経緯が記憶の渦となって脳裏を駆け巡った。
ガスの爆発事故で死んだ俺は地獄へと送られ、毎日苦しい修行を味わっていた。そんなある日、鬼飯の事を1鬼に尋ねた。それが監一なのだ。彼は思いのほか良い奴で、厨房へ連れて行ってくれた。
次に鬼長の許可が出て耕作地への見学が叶い、そこで耕一、耕次、耕三と出会う。
鍋に1人で入り最初に作った地獄ジャム。コーヒー豆の乾燥するため乾燥地に案内して貰い、監二のお蔭でコンと出会える。監一から、鬼や他の妖も人間の世界に住んで居た事、人間との辛い過去を知る。
人間の妖に対する悪行を償うため、ここ地獄で鬼達に美味しい飯を食べさせて上げたいとの思いが一段と強くなる。
地獄スコーンを焼こうと挑戦するが、窯業で死に掛ける。しかしそれにより、鬼長と面識が出来、カフェをここでと提案して貰う。
一機に夢が現実となっていった中、勇と出会う。その後、義晴、茜、理子とカフェメンバーが増えていったのだ。
耕三の采配により調理器具や食材が揃い、カフェを開店するに至る。
ここは現実の世界ではなく、地獄だ。客は鬼で賃金も出ない。でもそんな事を微塵にも不満に感じ無かった。ただただ皆の慈悲深さに感謝の言葉しか溢れて来なかったのだ。
俺の中の歓喜が込み上げ、涙は出ないが肩が震え息が苦しくなった。そんな俺を鬼長達が労いと優しい言葉で癒してくれた。
「すみません。俺つい、感情に浸ってしまって。さ、どうぞお好きな席に着いてください」
俺達全員で地獄カフェ第1号のお客をテーブルに案内した。
最初のコメントを投稿しよう!