18. Sympathy

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18. Sympathy

 俺達は温かい川の水で、身体に付いたバターを洗いながすと、バケツで温水を運び遠心分離機を洗う事にした。 「なぁ玄、この下に溜まってる余分な水分ってどうすんだ? 薄い牛乳みたいだな」 「ホエイのこと?」 「そうそう、これ捨てちまうのか?」 「ホエイパウダーがあるってことは、現世では利用してるはず。でもホエイには、放射性物質が多いから危険だってのも聞いたな」 「ああ、お袋もそんな事を話してたな」 「牛乳の脂肪分には放射性物質って移動しないんだって。その代わり脂肪を取り除いた残りに濃縮されるから、ホエイは身体に悪いってことだよな」 「そっか。でも地獄に放射線なんか放出されているのか?」 「耕三さん、電気はあるって言ってたけど地獄で見ないしね、それに宇宙からの影響は無さそう。でも大地からのは? 溶岩ってかなり放射性物質を含んでるはず。そう考えると、ここはヤバいけど、牛が居る畜生界がどんなか分かんないし。あ、思い出した、ここの作物は太陽の光じゃなくて、後光の光で育ってた。前に監一さんが後光の光で清められるって言ってたな」 「後光! すげー有難いな! だったら絶対大丈夫だぜ。それに地獄の住民って治癒力高いから問題ないって。なんか捨てるの勿体ない」 「だな~ ケーキとか焼くのに、ホエイ入れるとフワリと焼けるらしいしね」 「じゃあ、あれでマフィン焼こうぜ」 「オッケー! 俺達死んじゃってんだし、健康に気を付けるって変だしな」 「あははは」  俺と勇は声を出して笑った。    遠心分離機を洗い終わり一息入れていると、向こうから監二がバナナの葉に包まれた塊を持って現れた。 「あ、そう言えば俺達マフィンの味見以来、何も食べてないな」 「腹減るわけだ」 「監二さ~ん」  と大声で呼び掛けようとして慌てて声を絞った。すると、俺の声が小さくなるよりも先に、勇が顔色を変えて監二の方に駆け寄った。 「なんで、なんでだよ。なんで、義晴(よしはる)が地獄に居んだよ!」  勇の悲痛な叫びに俺は動けなくなった。  勇は振り返り、監一に縋り付くような目を向けた。 「監一さん、こいつはずっとずっと闘病中でも、文句1つ言わずに治療に耐えて。自分が苦しいのに、人のこと心配するような奴なのに、なんで地獄なんだよ」  そう言うと、勇は泣き崩れた。涙が出なくても勇の心の痛みが、この場に居る皆に伝わった。 「勇、すまん。俺はただの監視鬼だ。沙汰を出すのは天界と大王なのだ。俺にはどうすることもしてやれん」  暫く俺の周りに沈黙が続いた後、 「分かってるよ。ごめん、監一さん。でも義晴はあんなに苦しんだのに、また地獄だなんて酷過ぎる」  俺は、地面に蹲っている勇に歩み寄ったが、掛けてあげる言葉が見付からなかった。 「やっぱり勇や―― 久し振り。僕あれから10歳、それ以上やな? も歳をとったのに、よく僕って分かったなぁ」  勇は声の持ち主の方に目を向けると、 「まじで? ってことは俺より年上?」 「うん、25やで」 「見えね―― 義晴は相変わらず童顔だな」 「ほんまか?」  勇は俺に軽く礼を言うと立ち上がった。 「勇は、やっぱり地獄かぁ、あの態度やったら、、、、納得やな。閻魔大王もしっかり見てるわ」 「うるさい。分かってるよ。でも何で義晴まで」 「それな――」  義晴は指を顎に付けると暫くの間、無言になり、 「やっぱり、僕も地獄やわ」  と応えた。 「でも義晴はあんなに頑張ったじゃん。俺なんかより、ずっと重病だっだし、薬の副作用で苦しんでた時も、皆を励ましてくれてさ」 「僕のおとん、ほら権力とお金はあったやん? 治療も最先端を探しまくって」 「そうだったな。でも義晴は嫌がってたじゃん。医者に金渡して優先順位を細工するって、うんざりしてた」 「でも内心では違ったで、有難い思てた。嫌な奴やろ。腹黒いって僕のこと。死にたなかった。多分病院におった誰よりも、生には貪欲やったで」 「まじか? でも仕方ないよ。皆、死ぬのは怖かったんだし」 「ま、そんなこんなで、僕も地獄の住民です~ よろしくぅ。で、ここで何してんの? 料理の手伝いって言われたけど、勇も料理なんかしたことないやん」 「あははは、確かに。こいつ玄って言うんだけど、あれ名前って何だった?」 「1度しか自己紹介してないからな。初めまして俺、武田玄信。玄って呼んでくれていいよ。ここで鬼さんのご飯を作ってるんだ」 「僕は、朝倉義晴(あさくらよしはる)言います。義晴でも義でも、どっちでも。僕も勇と同じで、入院ばっかりしてたから、料理なんてしたことないけど、どうぞ宜しくお願いします」 「武田と朝倉ってなんだか戦国武将みたいだな」  勇の口から漏れた。その勇が落ち着きを取り戻したのを確認した監一が、 「勇もう大丈夫か? ほら飯だ。少し休憩していいぞ」  そう告げて、食事の塊を渡した。 「監一さんに八つ当たりしてしまって、本当にごめんなさい」  勇は監一に深々と頭を下げた。その様子を見ていた義晴は、 「勇、随分変わったな」  と呟いた。  監一と監二が去る前、鬼長があと2人、助っ人を手配してくれていると、教えてくれた。それが本当なら従業員は5人だ。 「すげ~ 助かる」  と心で感謝した。  俺達は3人で小さな輪になって食事をすることにした。 「しかしまぁ、義晴が25だなんて、あっちの世界ってどんだけ時間の進むのが、早いんだよ~ 俺は30歳ってことだぜ」 「確かに、俺もここに来てから、そんなに時間が経ってる気がしない。え? ってことは俺も30じゃん。希紅って俺の妹なんだけど、もう結婚して母親になってたりして、想像出来ない」  玄の頭には、希紅が子供を叱りつけているのが浮かんだ。 「怖い」 「勇が死んだんは、僕が15ちょっと前やったから、あれから10年やで」 「そっか~」 「僕、勇のお葬式行ったで。勇、病院の他に友達ぜんぜんおらんかったやん。だから勇の両親が、病院のチャペルでお葬式して、僕等も参加出来てん」 「そうなんだ」  勇は少し複雑な顔をした。 「いいお葬式やったで」 「葬式に良いとか悪いとか、ないだろ」 「そうか? 勇が想像してたんと全然違ったと思うで。勇の両親、勇の棺の前で謝ってたわ。もっと早くに楽にしてあげたら良かったのに、自分等が勇を手放したくなかったから、こんなに長い間苦しい思いをさせてしまったってな」  勇は動揺を隠せない様子だった。 「そんなことない。さっさと看病から解放してやりたかったのは、俺の方だよ。親孝行どころか、親父とお袋を責めてばかりだったのに。あんなに迷惑掛けたのに」  勇は俯きながら膝に乗せている右手の拳を強く握った。 「勇の両親良い人達だな」  そう告げると、俺は泣きそうになった顔を、隠しながら無理やり笑顔をつくった。 「玄、なに泣きそうになってんだよ。お前の親だってきっと良い人だぜ。玄見てたら分かる」  勇もクシャクシャになった顔を上げた。 「それと、まことさんのお葬式も病院のチャペルでした」 「え? 義晴、まことも死んだってことか?」 「うん。勇の後を追うようにな。僕は地獄で、まことさんを見てないけど、勇は?」 「俺も見てない。沢山人が居るし、玄の作業場に来ない限り、こうやって偶然に会う機会もないと思う。それに、あいつは絶対に地獄じゃない」 「そやな、まことさんは本当に良い人、神様みたいやったもんな」 「そうだな、あいつの描く漫画大好きだったな。漫画を描いてる時のまことも」 「おおおお、やっぱり、ホの字やったか。ちなみにまことさんも、勇の事を好きやったって、勇のお葬式の後で寂しそうに話してたわ。このこの」  義晴は揶揄いながら、肘を左右に揺らした。この会話に付いていけない俺だったが、1つだけ疑問に思った。まことって? 勇は、耕三にも興味あったし、やっぱりBL系?  「え――――」  俺は思わず叫んでしまい、慌てて口を押えた。 「なんだ玄、大丈夫か?」 「いやいや、まことさんって、勇の恋人だったのかなぁって」 「何? 玄、妬いてるん?」 「こら、義晴。否、ただの入院仲間。でもまことは、漫画家になりたくてさ、俺はあいつの描く漫画が好きだった」 「漫画だけちゃうで、玄。まことさんって、めっちゃ美人やったからな。病院のアイドルみたいやったで」 「病院のアイドルって、義晴。それは美化し過ぎだぜ」 「そうか?」  美人? 玄の頭は混乱していた。 「まことさんって女の人?」 「はぁ~ 当り前じゃん。俺が女以外に恋愛感情持つわけないだろ。あ、耕三さんは別枠かもしれないけどよ」 「お、出ました恋愛感情発言。やっぱりな。男として何も成し遂げられないまま、死んでしまうとは、残念なことしたな」 「義晴、お前もやろ。あ、この10年間にもしかして大人の階段を?」 「ないわ~。それにしても、玄、おもろいな。勇があっち系やと思たん? あははは、笑てまうわ」 「だって、まことって男の名前だと思って」 「あ、ほんまや。ちゃうちゃう、梅田真琴(うめだまこと)、年上の女の人やで。な~ 勇」 「もう、いいって。でも良かった。地獄で会わなくてさ」  ホッとした様子で勇は呟いた。 「ほんまやな~」  俺は、2人の様子を暫く眺めていた。 「さてと、ここで何したらいいんやろ? 地獄やし料理するって言うても、そんな簡単なもんと違うやろ?」 「ご名答。かなり大変だけど、人出が増えて手分け出来たら、きっと楽になると思う」 「だな~ あと2人来るって言ってたしな。そしたらカフェも夢じゃないぜ。玄はさぁ、生きてる時に自分のカフェを持ちたかったんだよ。ここの鬼さん達がそれに協力? って言うのかな? この場所でカフェをオープンしたらってな」 「でも、メニューがまだ全然品数ないし、勇と2人じゃ鬼さんの食べる量に追いつかなくてね」 「めっちゃ食べそうやもんな」 「めっちゃ食う」 「あははは」  俺達は同時に笑い出した。 「義晴が来る前にバターを作ってさ、ホエイって水分がそこの器に入ってるんだけど、それでマフィンを焼こうって思ってる」 「そうなんや。勇がマフィン焼けるのビックリやわ」 「窯業、覚悟しとけよ~」 「なんや怖いな」 「じゃ、早速始めよう」  3人目の助っ人、義晴は紛れもなく良い奴だ。鬼長の人選に感謝した。  そして後の2人が現れるのが楽しみになった。
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