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25. Unbelievable
青龍に跨がる俺は、恐れ多い気持ち一杯のまま、耕三に連れられて、どんどん上空へと昇っていった。
途中、大きく奇妙な姿をした鳥や、目の真っ赤な空飛ぶ白兎などに出会った。
「そろそろだ」
耕三に告げられると、今までの白い靄しか広がっていなかった世界に、緑の大地が聳え立ってるのが見えてきた。
後光に照らされ新緑色に染まった世界は、地獄とも耕作地とも違う景色が広がり、俺の想像を絶する美しさであった。
「あれが畜生界? まるで天界みたいだけど」
「あれは、畜生界と同じ高さに位置する耕作地だ。畜生界には草の生えている放牧地が多いが、畜生と化した罪人が送られる場所は、地獄と変わらぬ」
頭の中で畜生界を描いてみた。動物になった人間が修行していて、その横に牛たちが草を食べている。
「さぁ降り立つぞ。しっかり掴まれ。青龍は着地があまり得意ではないからな」
「え!」
俺は少し飛行に慣れて来た身体を引き締めると、再び龍にしっかりと抱き付いた。
耕三のお告げ通り、龍は着地体勢に入ると、身体を少し捩じりながら縦になった。俺は振り落とされそうになり、罰当たりかもしれないが、角を掴むしか手段が無かった。
「後で、怒られるだろうか」
龍は、尾の部分から地面に着けると、ゆっくりと体勢が安定し、俺が乗って居る頭に近い部分が、徐々に大地に近づいているのが分かった。
「俺のために頭を地面に着けてくれるんだ。有難うございます。南無」
心の中で、念仏を唱えた。
俺の足が草原に触れたのに気付くと、慌ててしかし、粗相のないように、青龍から地面に移動した。すると俺が降り立ったのと同時に、青龍は頭を上空へと持ち上げた。
「これが青龍、、、、このお方が青龍様」
顕現した青龍の美しい雄姿を前に、金縛りにあったように目を離せなずにいた。
青く光輝く身体は、太陽に照らされた海面のようにキラキラとしていて、2階建ての家一軒と匹敵するほどの大きさだが、軽やかに見える。
俺が乗っていた頭の部分には、金色の瞳が2つ俺を見つめており、風になびいていた髭は顔の横で、感情を表すかのように時々上下に動いていた。
鋭い爪のある手は大きな身体には少し小さ目で、テラノサウルスが頭に浮かんだ。
尾っぽから渦上にとぐろを巻くと、大きな上半身をバランスよく支えていた。
「久し振りだな、青」
耕三が話掛けた。
青龍は、まるで応答するように髭を左右前後に動かした。耕三も最初の一言以外は、声に出すことなく青龍と交信している様子で、俺は耕三と青龍から目が離せないでいた。
驚きに呆然と立ち尽くしていた俺を、青龍は一瞥すると、突然突風が起こり、俺は飛ばされないように上体を低く、両腕で顔を覆った。
吹き荒れた風は一瞬で、目を開けると青龍の雄姿はもうそこには無かった。
「さぁ、行くぞ」
一連の出来事に戸惑っている俺は、耕三の言葉が何処か遠くで、木霊しているように耳に届いていた。
「いーくーぞ‼」
と怒鳴られるまでは。
「は、はい」
気と身を引き締める思いで再び耕三の後を追った。
暫く行くと耕三は急に立ち止まり、俺は耕三の背中に顔を埋めた。
「先ずは、あれからだな」
告げながら前方を指差した。
耕三が指し示す方向に目を向けると、そこには俺の背丈の2倍ほどの、両開きの扉が空中に浮かんでいた。ところが、その扉の持ち主となる建物は辺りに存在していない。
扉だけが閉じたまま俺の正面に立って居た。
もしかしたら扉の後ろに透明な何かがあるのかもしれない。そう思い立った俺が後ろを見ようと足を進めた時、耕三が柏手を1つ叩いた。
すると、扉が音も無く静かにユックリと開いていく。
「寒い」
開口一番に俺は呟いた。扉の中から、冷気がスッと流れ出て来たからだ。
暑い地獄に長く居る俺には、久々の感覚だった。
「耕三さん、これ何?」
「中に入るぞ」
「中って、扉しかないけど、、、、」
と言い掛けて言葉を飲み込んだ。扉の向こう側は、確かに存在していたのだ。しかしやはり扉の周りに建物は無い。
「どうなってるんだ」
戸惑いながら耕三に促されるままに扉に入って行く。
「ひゃ~ 寒い」
綿のシャツ1枚しか羽織っていない俺には、扉の中はまるで冷蔵庫だった。
ガタガタと震えている俺に気付いた耕三は、何気に俺の頭上に彼の両手を翳した。
耕三を目の前にして、こんなに近づいたのは初めてだったため、手を繋いだ時と同様に顔が火照った。
「ぬ?」
どうも照れて顔が赤くなったのでは無いようだ。身体全体がポカポカとして来た。
「耕三さん、カイロでもくれたの? さっきまで凍死しそうなほど寒かったけど、何故か急に身体が暖かい」
「ああ。玄の身体に少し鬼火を灯しておいた。冷蔵貯蔵庫を見学している間は持つだろう」
「凄い。神業だ! 耕三さん有難う。で、今ここが冷蔵貯蔵庫って言った?」
「ああ、そうだ。お前達のジャム等もここにあるはずだ。ケーキとやらは、まだ上にある冷凍の方だがな」
身体が暖かくなった俺は、冷蔵貯蔵庫を改めて観察した。
「うわ~ 凄い棚だらけだ」
そこには何段もの棚があり、各棚の上に器や箱などがびっしりと並べてあった。
「こっちへ来い」
耕三は更に冷蔵貯蔵庫の奥へと俺を導いた。何があるのか心弾ませながら、ついて行くと、ある一角に俺の知っている物体が大量に貯蔵されていたのだ。
「チーズ。しかもデカイ!」
黄色の丸いチーズが綺麗に横一列に並んでおり、幾重にも重なった棚を埋め尽くしていた。
「こんなに沢山のチーズ、どうしてここに? 畜生界の耕作鬼さんが作ったの?」
「ああ、そうだ。これの殆どは、人間の世界に送られる」
「人間の世界?」
「ああ、人間の世界、玄が言う地球だな。俺様達は人界と呼んでいる。そこに住んで居る、祀られておると言うべきか、神や妖に配達しているのだ」
「え?」
神様がチーズを食べるのもビックリしたが、ここから運んでいるのも驚愕である。
「でも地球、人界にもチーズあるよ」
「まぁ、正確にはチーズだけではない。食材の殆どだ。人界の物を口にすると汚れるからな」
「汚れる、、、、分からなくもない。確かにここにある全ての物は、浄化されてるもんなぁ」
「玄にチーズを見せたかったのだ。ここでは、一般的なチェダーしか作っておらんが、玄の料理で使いたいか?」
「え! まじでいいの? だったらもう、めちゃめちゃ嬉しい。ピザ焼くよ! 先日作ったキッシュで、鬼さん達が甘党じゃないの分かったし、皆絶対に喜んでくれる」
俺は興奮のあまり前乗りになり、目を輝かせて語った。耕三はそんな俺に優しい微笑みで応えてくれた。
「少ししか回せんが、ここの耕作鬼が良いと言ってきた。そうだな」
耕三は俺の後ろに誰かが現れたのか、目線を俺以外に移した。
「はい、構いません。大獄丸様」
気配もなく背後から声がしたので、俺は飛び上がりそうになった。
「びっくりした~」
驚いたのと同時に、後ろに立つ鬼が耕三の事を何々様と呼んだ気がした。
「耕三さん、やっぱり神様だから名前あったんじゃん。ごめんなさい、俺なんかが付けてしまって」
俺はそう言うと、背後に立つ鬼と向き合った。
「初めまして。武田玄信と言います。お邪魔してます。で、すみません、今この方を何と呼ばれました?」
「ゴホン」
耕三の咳払いが聞こえ、
「俺様の名は耕三だ。分かったか」
と現れた鬼に言い放った。
突如出現した畜生界の耕作鬼とのやり取りを聞いていると、最初に出会った頃の俺の中にある耕三の印象が、どんどん変わっているのに気付いた。俺と同じノリの若い鬼なんて、とんでもない考えを持った事を、今更ながら反省した。
「ははぁ、失礼いたしました、耕三様」
「ちょっとちょっと、駄目だよ。ちゃんと名前教えてよ」
「耕三だ。しつこい。さて俺様の気が変わらない内に、幾つ位チーズが欲しいか述べた方が、玄のためだ」
「あ、うん」
名前の事をはぐらかされた気がしたが、確かにチーズの交渉を進める方が、今の俺にとっては、重要な仕事だ。
「勇と義晴、喜ぶだろうな~」
急に2人が恋しくなった。
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