31. Scheduling

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31. Scheduling

「よぉ~ 玄、久しゅうのう。お主の飯、旨いと評判だぞ」 「あ、鬼長、お久し振りです。人員もこんなに増やして頂いて有難うございます」 「いやいや、毎日飯を作るのは、大変だろうからな。これでいけそうか?」 「はい、十分過ぎるほどです。それに人選が素晴らしくて、皆一生懸命に働いてくれるので本当に助かってます」 「そうか、それは良かった。で、何用じゃ? カフェとやらが、そろそろ出来ると聞いたが、そのことか?」 「今日はわざわざ来て頂いて有難うございます。はいカフェを開店する前にご相談したい事があります」 「何じゃ?」 「ここ地獄にはお金が無いので、今の所は早く来れた鬼さんだけが、俺の作ったご飯を食べれるのです。でもそれでは不公平じゃないかと思うのですが」 「なるほどな」  鬼長は俺の言葉を遮ることなく、静かに聞いてくれた。監一も横で俺の意見に納得したのか、時折頭を縦に振っていた。  勇達は、後片付けをしながら、俺と鬼長の会議に耳を傾けていた。 「玄はどうしたらいいと思う」  監一に俺のアイデアを問われた。 「お金の替りになる物を作ったらどうかと」 「ほぉ~」 「毎日、仕事の後に木札を渡すとか? 人間も仕事をすれば賃金が貰えます。確かにここは地獄で、鬼さん達も修行の身だと聞きました。だから、もし俺の考えによって、邪念が生まれるようなら他に何か考えます」 「そうじゃの。実は最近、玄の飯に有り付けないモノが苦情を言うてきよってな。そのこと自体が邪心に繋がるのではと、危惧しておったのだ」 「そんなぁ、、、、申し訳ありません」 「いやいや、そんな事で心乱れる方が問題なのじゃよ」 「では、最初はその木札とやらで、試してみるかの? 皆同様に仕事をしておるのじゃ、報酬があってもよかろう。どう思う監一」 「良いと思います。もし不穏な動きがあるようなら、また考えましょう」 「そうじゃな」 「それから」 「まだあるのか?」 「すみません。営業時間の事なんです」 「営業時間?」 「監視鬼さん達は、交代で仕事をされてますよね? それって変わるのですか?」 「いや、地獄には昼も夜もないでな、皆同じ時間に、ずっと働いておる」 「やっぱり」 「それが何だ? 玄」 「今はご飯が出来上がる度に、鬼さんに召し上がって貰ってます。でもカフェになったら、メニューを見て食べたい品を、自身で選べるようにしたいんです」 「それは、人界での飯屋と同じじゃな」 「そうです。でもそうするには、カフェをずっと閉めずに営業するのは無理です。ケーキなど作る時間と、ある程度の蓄えも必要です。1日中交代で鬼さんに来られると、今みたいに出来上がる度に全部無くなってしまいますし、メニューに載せる全ての品を作る時間もありません」 「なるほどな」 「耕作鬼さんと厨房鬼さんは、恐らく皆同じ時間に休憩されてますよね? 監視鬼さんは昼と夜の2つに別れてると思うのですが、違いますか?」 「その通りじゃ」 「では、皆の休憩時間に合わせて、営業しようかと考えています」 「ほ~ 確か最初の監視鬼の休憩は、耕作鬼達と同じじゃな? 後のは、厨房鬼とだったな?」 「そうです。鬼長」 「であれば、その2つの時間帯に、カフェを営業するのでどうじゃ?」 「はい、それでやってみたいと思います。でもそれは何時頃なのでしょうか? どうやったら、その休憩時間が分かりますか? 俺、時計持ってないです」 「時刻か? 玄には見えぬのか? 上にあるがの」 「え? 上?」 「ああ、上にあるぞ。玄に時刻を教えて無かったか?」  監一は大きな腕を上に、天を指差しながら告げた。 「否、監一さん、俺聞いてないなぁ」  応じながら、監一の指差す上を眺めた。そこには、地獄の暑さで熱しられ赤く染まった空気が漂っているだけだ。 「どこに時計があるんだ? 地獄の時計ってどんな形をしてるんだろう?」 「現生と同じだぞ。大きいがな」  監一が現世と同じだと説明してくれたが、一向に時計らしき物が目に留まらなかった。  俺達の話を後ろで静かに聞いていた勇達も、同様に上を眺めながら、時計なる物を探していた。 「…………」 「…………」  ずっと上を眺めていた俺の首が疲れて来た頃、 「あ! ああああ、ほんまや! 時計あるわ!」  誰もが無言で時計を探していた中、響き渡る甲高い声が、そこに居る全ての意識を、天ではなく義晴に向けさせた。 「義晴何処だ。教えろ」  勇が飛び掛かる勢いで義晴に言い寄った。茜も理子も同じ心境であるだろう。 「ほら、そこやん。じーっと目を凝らして見るんじゃなくて、ボーっと見ぃ」 「はぁ~ 何だよそれ。全然分かんないし」  勇のトーンが上がった。俺も同じだ。ジーっと見るんじゃなく、ボーっとって?  曖昧な説明だったが、再度上を見上げてみる。今度は、目を凝らさずに。 「そうそう、アナログちゃうで、デジタルやで」 「え~? まじかよ」 「デジタルって、そんなの想像もしていなかったぜ」  上を眺めながら、皆口々に驚きを放った。 「あ、まじで! あれだ! うわ~」  俺が、予想に反する形の時計を見付けたのと同時に、勇も雄叫びを上げた。 「ちょ~うける。こんなの簡単に見つからないぜ」 「本当だぁ、あった。面白い。でも見付けてしまうと、分かり易いかも」 「本当ですね。私も見付けました。でも今の時刻【65:32】って事ですか?」  理子が言う通り、デジタル式時計は、【65:32】 と示していた。  時計は東西南北どの方角からでも、時刻が分かるようになっており、数字は白色で表示され、1度発見出来れば、これからは何処からでも、いつでも時間が分かるだろう。 「デジタルって、耕三さんのアイデアだな」 「ああ、良く分かったな。地獄は1日100時間だ。針時計では分かり難くてな、耕三の案だ」 「あははは。で、え? 100時間? それで休憩は1度だけ? ブラックだなぁ~」 「ブラックとは? いやいや、鬼の就業時間は、おおよそ40時間じゃ。昼勤務は30時から70時、夜勤は80時から20時。皆飯も取るし、休憩時間もある、それに睡眠はそれぞれ40時間だ。ここで修行しておる人間が2度、10時間ずつ死ぬ。その時の休憩時間を利用してカフェに来るだろう」  鬼長が丁寧に説明してくれたのだが、頭の中で鬼の1日の流れが描き難い。 「鬼長、俺、木の板と炭を持って来るので、もう1度説明して貰ってもいいですか?」 「ああ、構わん」  地面に座っていた腰を上げると、背後から義晴が既に用意していた筆記道具を差し出してくれた。 「義晴、凄い気が利く。サンキューな」  義晴は手を挙げるとまた勇達の元に戻った。  俺は、義晴が手渡してくれた板に鬼のスケジュールを書き始めた。  昼勤監視鬼  20時 起床 食事  30時~70時 就業  70時 休憩  80時 就床     夜勤監視鬼  20時 休憩  30時 就床  70時 起床 食事  80時~20時 就業   耕作鬼は、ほぼ昼勤監視鬼と、厨房鬼は、夜勤監視鬼と、同じ1日であるようだ。そして、人間達の食事は30時で、20時と70時に死ぬ。その間に監視鬼達がそれぞれ休憩を取れると言うと事だ。 「分かりました。じゅあ、カフェの営業は休憩に合わせて  20時~30時 と 70~80時   他の空いてる時間を仕込みに取れるなら大丈夫、やっていけます。鬼長有難うございます」 「それは、良かった。玄、楽しみにしておるからな。しっかり励めよ」 「はい」  俺の返事と重なるように背後からも同様の声が聞こえた。俺だけでなく皆も興奮しているのが、しっかりと鬼長の胸に伝わった。  丁重に鬼長を見送った俺は、理解ある上司を持てた気分で心地良かった。  ふと見上げると、地獄は【70:28】 を差していた。昼勤鬼の休憩時間、そして夜勤の鬼達は食事中だ。  そう、頭で考えていた時、またもや胸で携帯が鳴る音がした。 「あ、耕三さん。もう人界の用事は終わったの?」 「ああ。玄も無事に地獄に戻れたようだな」 「うん、コンが、ちゃんと舵を取ってくれた」 「そうか。良かったな。それでだ、今そちらに頼まれていた物を送った。玄の働く場所じゃ狭いので、入り口付近に並べてある。配置は好きにしろ」 「配置って? もしかしてテーブルセット! まじで、有難う」 「それとだ、チーズも届けようと思ったが、地獄は暑過ぎる。なのに冷蔵庫がない。必要な食材をその都度転送するのも面倒だ。そこで、冷蔵庫も送っておいた。背後に長い管が付いている。決してそれに触るな。皆にもしっかり言っておけ。分かったな」 「冷蔵庫! 耕三さん、大好きだよ」  俺の愛の叫びが聞こえたらしく、勇達に囲まれ、皆が携帯に耳を寄せて来た。 「あ、耕三さん、義晴が画伯みたいでさ、看板はこっちで用意する。有難う」 「ほぉ~、楽しみだな。また何かあったら連絡する」  耕三との通話が終わった後、俺は思わず、携帯にキスをした。耕三は俺の心を読んでいるのだ。必要な物を言わずとも分かってくれる事に、心底嬉しかった。 「大好きってなんだよ。何勝手に告ってんだよ」  勇はまるで子供の様に拗ね、口を尖らせていた。 「テーブルセットにチーズ、冷蔵庫まで用意出来た」  俺は両腕を天高く上げると、耕作地、厨房、監視場に届くよう、腹の底から声を出した。 「地獄カフェOPENしま――す!」
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