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38. Going Backward
林檎園を見渡していた俺は、自身の意識と反して林檎を1つ捥ぎ取った。
『ちょっとそんな事をしたら泥棒じゃん。やめてくれよ俺の身体!』
叫んだが身体の持ち主には、またもや全く聞こえていないようだ。しかも林檎に手が届くということは、今回の身体は子供ではないようだ。
『俺、一体どうしちゃったんだろう。もう地獄に戻れないのかな? せっかくカフェをオープン出来たのに! くそ!』
口惜しさいっぱいの俺に誰かが声を掛けてきた。否、正確には身体の持ち主に向かってだ。
「おい、泥棒」
『ほら、だから止めろって言ったのに、、、、え? また耕三さん』
目の前に姿を現したのは、またもや耕三であった。しかし前回と違い袴姿ではなく、耕作鬼に似た農夫の姿である。
『耕三さんって、え? わっか! 弟? でも雰囲気が同じなんだけどな~』
林檎の下に立つ彼は、10代前半に見え地獄で会う兄貴感は無かったが、一見して耕三だと分かるのは、やはり醸し出すオーラが同じだからだ。
「これは、お主が育てたのか? 素晴らしいの」
そう応じると耕三の許しもなく、捥ぎ取った林檎を味わった。
「旨い。甘酸っぱく歯応えが素晴らしい。大きさも見事だ」
耕三の林檎を褒め称えると遠慮もせず林檎を完食したのだ。
『この人、怒られるぞ~』
「そうか、それは良かった。この林檎はここにしかない。俺様が品種改良したからな。さて、お前は誰だ。どこから来た」
耕三の反応は意外で、怒りもせず、ただ旨そうに食べる身体の持ち主を眺めていたのだ。
「お、これは失礼した。我が名は役小角遥か南方から来た」
「俺様は、大嶽丸。修行の旅か? それにしては連れが多いな」
「すまないが、皆に林檎を食わせてもよいか?」
「ああ、構わん」
皆って誰? 耕三の目線が今まで会話をしていた相手ではなく、俺の後ろに移動していた。役小角と名乗った男も後ろに振り返った。
するとそこには龍や鬼、狐に白兎など多種多様な妖達が林檎を取っていた。
『こんなに沢山の妖達が後ろに居たんだ』
彼等は衰弱している様子で、中には大けがを負ったモノもいた。
『もしかして、監一さんが前に話してくれた、地球に住んでた妖達? 怪我をしているのは人間の戦いに巻き込まれたからだろうか? もしかすると俺は過去にタイムスリップしたのか? 耕三さん若いし』
目前で繰り広げられる物語を頭で整理しようとしたが、突拍子過ぎて逆に混乱してきた。身体の持ち主である役小角にも耕三にも尋ねる事は出来ない、このまま様子を伺うしか術がないようだ。
「こ奴らの安息の地を探しておる。旅をするうちに仲間が随分と増えた」
「人間の戦が広がっているのか?」
「ああ、倭全体に広がりつつあり、妖狩りも並行して行われておる。我が力だけでは守りきれんでな、情けない話だが逃げてきたのだ」
小角は自身の不甲斐なさに肩を落とした。
「お前には法力があるのか? 見たところ寿命を延ばしておるようだな」
「見破るとは、お主もなかなかの鬼じゃな。ああ、法術で妖を隠せていたが、人間を誤って傷付けたモノは、この通り図体が大きくなる上に、法力では隠形させれんのだ。この辺りはどうだ? まだ安全か?」
「ああ、まだ戦はここまで来ておらん。ここは豪族の支配下にあるが、奴らと妖は上手く付き合っておる。村に案内しよう。傷も診てやる」
「大嶽丸殿、では我等はここに暫く居ても良いのか?」
「ああ、問題ない。それから丸と呼べ」
「かたじけない。恩に着る」
役小角が頭を下げると、彼の後ろに控え会話を聞いていた妖達も同様に礼をした。
「お主も我を小角と呼んでくれ」
「わかった、小角」
大嶽丸と小角。俺はこの名に聞き覚えがあった。
『そうだ、さっき俺が幼子の身体に入っていた時に聞いたんだ。でもあの時は子供だった。これは大人になった小角さんってこと? でもそれじゃ変だ。今の感じじゃ、この林檎園で小角さんは、耕三さんに初めて会った感じだもんな。耕三さんの見た目も若いし。同じ名前で違う人?』
様々な考えを回転させていると、いつの間にか林檎園を抜けており、眼下には黄金に輝く田園の風景が広がっていた。まるで耕作地の様だ。
「丸、見事な眺めだ。お主等の魂が込められた新緑の匂いがする」
小角はそう告げると目を閉じたのだ。
『あの~小角さん、俺景色がもっと見たいのですが~』
思いが通じたのか、再び見渡す限りの田畑や果樹園が視界に入り込み、恐らく耕作鬼達であろう農作業に勤しんでいる姿が多数目に留まった。
『ここはどこだ? 日本か? 地獄か?』
現代では見かけない民家が並んでおり、まるで歴史の教科書の1ページにある農村があった。
『やはりタイムスリップしたのだ』
俺は、過去に戻ったのだと自分に説明した。そして、きっとこれは耕三や、黄泉の国に追い遣られた妖達の歴史なのだと。ただ1つ疑問が浮かんだのは、どうして俺がこの場面に居合わせているのかであった。そして武田玄信ではなく、役小角と言う人物の身体を借りてだ。
『俺と、この小角さん過去で繋がってるってことなのかな? 生まれ変わりとか? まさかね』
耕三は村を案内し、彼が造った道具も紹介してくれた。
『これもしかして、トラクター? はぁ~過去にタイムスリップしたと思ったけど違うのか?』
一瞬疑問に感じた。もしこれが大昔の日本だとしたらトラクター等の存在は、歴史で習っていない。しかし農村に立ち並ぶ建物は決して近代的とは言えず、民家も木造の平屋建て、土間に台所があり囲炉裏に火が熾っていた。皆の身形も農夫風であり、耕三の生み出した道具以外は古い時代を映しており、俺が生きていた世界からはかけ離れている。
きっと耕三は昔からエンジニアでサイエンティストなのだろう。歴史から消されているのは、妖の存在を否定する人間にとって彼の力は不都合なのかもしれない。
俺が推測をしている間に、小角は誰かの家の中に案内されており、お茶をすすっていた。
『これ緑茶だ。なんか懐かしいな~』
「小角、これからどうするのだ?」
耕三が俺の前に座り込み、同じくお茶を一口含むと真剣な眼差しを小角に投げかけた。
「ここに暫し留まることが叶うなら、あ奴等に隠形の技を身に着けさせるつもりだ。我の寿命もそろそろだろう。自身で護衛が出来るようにしてやりたいのだ」
「そうか。俺様も手を貸そう」
「それは忝い。丸の神通力があれば百人力だ」
真剣になされていた耕三と小角の会話が途絶えた。赤鬼と青鬼の2鬼が登場したからだ。背丈は耕三と変わらぬが男鬼と女鬼であり、耕三達の前に姿を現すや否や、跪いた。
「丸、これらは義覚と義賢。我の友で弟子だ。こちらは大嶽丸。我等の滞在を許してくれたのだ」
「大嶽丸様、それは有難い。恩に着ます」
『この鬼さんの声、どこかで聞いたような。誰だったかな?』
俺にとって、とても馴染み深い気持ちにさせる鬼が現れたのだった。
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