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1. The Hell
「ここはどこだ?」
意識が戻ると、変わった格好の赤い顔をした巨人の前に座らされていた。
「このオヤジは誰だ? ってめっちゃ怖い顔して、こっち見てるんだけど……」
「ここってなんか、、、、普通じゃないよな」
少しだけ辺りを見回してみた。すると、俺の両脇を誰かが抱えているのに気が付いた。
バレないように、ちらりと横を見ると、右側は全身青でパンツ一丁。口から牙が出ていて、、、、気付かれないように上を見上げると、頭に角が1本。もしかして、このお方は青鬼さん?!
次に左側も盗視すると、赤い、これまた裸にパンツだけ。きっと右の方と同じで頭に角があって口には牙があるのだろう。ここは鬼の世界?! って事はもしかすると前にお座りの方は、閻魔大王?!
「まじかよ!」
「ここって死後の世界じゃん! 俺あの爆発で死んじゃったってこと? この間、成人式迎えたとこだよ、、、人生まだまだ、これからだったのに―――― ちくしょう‼」
悔しくて泣きそうだったのに、何故か涙が一滴も出なかった。死んだら、悲しみはあるのに身体の反応は無いんだろうか。
ここに来てしまったって事は、もう生き返れるわけじゃない。仕方がない。とっとと生まれ変わって次の人生は長生きしよう。
「俺は、善良な市民だったから、きっと天国でしょう」
前向きな思考でいると、
「武田玄信」
閻魔大王と思われる人物から名前を呼ばれた。
そう、俺の名は武田玄信。苗字が武田で親が武田信玄のファンだから、文字を入れ替えただけという超簡単に付けられた名前。ちなみに妹は希紅、漢字は違うがこれまた信玄の娘の名だ。
「返事をしろ」右隣りの青鬼に怒られた。
「はい」
閻魔大王は、あれが、閻魔帳なんだろう大きな本の様な物を覗き込んでいたが、光が彼の顔に反射していた。まるで暗い場所でタブレットを見ているような感じだ。俺の人生が映像になって流れているんだろうか? 真剣にタブレットらしき物を眺めている表情が時折、険しくなったりしていた。俺が過去に何か悪い行いでもしたような、、、、
「それで、ここへ来たのは、ガス爆発による死。なになに、被疑者、武田玄信。この者の不注意により、カフェルージュがガス爆発。当時店内は満席で、そのうちの15人が救急搬送され、武田玄信を含む従業員3名と客3名が死亡。残りは重軽傷とある」
「え? 被疑者ってどう言う意味だっけ? 犯人と疑われてるって事だったような。まさか! 俺だって被害者だ!」
と心の中で呟いたが、閻魔大王には俺の心の声は聞こえなかったようだ。
「そうか、お前は、1度に沢山の罪の無い人を殺したと言うことだ。よって、地獄送りとする」
そう告げると、前にある、ハンマーのような物を叩いた。
「次」
そして即座に閻魔大王が次の人を呼んだ。
「ちょっと待ってください。俺、人なんて殺していません」
そう懇願したが、閻魔大王は俺を見る事なく、
「ここに来た者は、皆同じ事を言う」
と吐き捨てられた。
そして、両脇の鬼に無言で抱えられ、どんどん左奥の光の無い方に連れて行かれた。
ちなみに、閻魔大王の右側の通路から、木洩れ日が差しており、俺はあっち側へ行きたかったのだ。
鬼に抱えられ、宙に浮いている両足をバタつかせたが、全く効果なく、どこかの穴の淵に着くと無言で投げ捨てられた。これこそ、正真正銘の『奈落の底へ突き落される』状態である。
落ちている途中、失神することなく意識がハッキリしていたため、小便を漏らしそうになったが、俺は死人だ。もう小便も出ないようだったが、
「ぎゃあ――――――」と叫び声は出た。
そして、ドスンと底に落下した。きっとここが地獄なんだろう。
あんな高さから落ちたにしては、意外と直ぐに立ち上がる事が出来た。
「うわ、暑っつ」
ここはまるで灼熱の暑さだ。そして、人間が発していると思えないような、恐ろしい悲痛な叫び声が木霊していた。
「おい、お前、こっちに来い」
到着するなり鬼に命令された。赤い鬼であった。そして暗闇に目が慣れて来たのか辺りを見回すと、ここは本物の地獄なのだと確信した。俺は足が諤々震え立っていられなくなり、しゃがみ込みそうになると、先ほど声を掛けて来た赤い鬼に腕を抱えられ、無理やり引きずられた。
砂利道の上を俺の裸足の足がガリガリと音をたて、今まで経験した事のない苦痛で鬼から自身の手を離そうとしたが、全く歯がたたなかった。
俺を引きずっていた鬼が立ち止まったと思うと、違う鬼に白い服を渡された。
ここに来るまでの事をよく覚えていないが、何故か俺はパンツ一丁だった。恐怖心で服装まで気にしていられなかったのだ。考えてみれば非常に恥ずかしい恰好だ。渡された服を着ていると沢山の人が同様にここに連れて来られ、白い服を渡されていた。
ここに送られる人達は、皆人殺しなどを犯した極悪非道なんだろうか。
その時ふと、随分前に少し死後の世界に興味を持ち、地獄についても本を読んだのを思い出した。
確か、地獄には8つほど種類があって生きている時に犯した罪の内容や重さによって、同じ地獄でもそれぞれ行く先が違うのだ。それに、殺人など法に背いた者だけが地獄に送られるのでは無かったような。飲酒喫煙に虚言、嫉妬心や、欲心など、現代の人間社会では無意識に行ってしまう行為ですら、地獄行きに値するとあった気がする。だから、今の人間は大半以上が地獄行きだが、その罪の重さによって地獄の種類も異なり、また地獄での反省具合によっては、人間界に転生させてくれると書いてあったと思う。
ここは、どの地獄なんだろう。俺は、人殺しと言う罪でここへ送られたんだ。だから、やっぱりここは最恐の地獄なのだろうか……とほほ
そんな事を思い出しながら突っ立っていると無理やりに列に並ばされた。何気に俺の前に並んでいる人を見ると、痩せた女性で、どう見ても極悪非道な人物には見えなかった。俺みたいに無実なんだろうか? だが、後ろの男の人は地獄に居ても話掛けたくないタイプ。
皆、鬼にせっつかれながら前へ進む。ふと前方を見ると、そこには長~い人間の列があり、その先には針の山だろうか現世では存在しない奇妙な山が聳えていた。その山の針に何人かが釘差し状態になっており、皆が避けながら歩いているのが見えた。列は終わりが見えないほど果てしなく続き、次から次へと地獄の修行が待受けているようだ。
「確か地獄での修行は、今日死んでもまた明日には蘇って、次の日も同じ地獄を味わい、これが何百年、何千年と繰り返されるだったっけ? と言う事は、最初の試練で死んでしまえば、今日の地獄は終わりってことだよな? その方が苦しまなくて済むじゃん」
そんな事を考えていると、鬼が、
「早く死のうなんて、考えている不届き者は、反省する気がないと見なし、即刻阿鼻へ送られるかもしれんぞ。覚悟しておけ」
まるで俺の心を読まれた気がして焦った。
「やべ! 聞こえた? それにしても残念、その手は食わないか。ここそんなに甘くないよな」
トボトボと歩いていると、とうとう目の前に針の山が現れた。
「もうこうなったら、やけくそだ! どうにでもなれ!」
と気合を入れて臨んだが、最初の一歩の痛さで、ことごとくそのヤル気は砕かれた。
「苦痛ってもんじゃなねえええええ!」
針が足を貫通し、一瞬だけ血が噴き出す。だが生きている時なら、出血多量で死ぬような傷だが、足を針から抜くと傷が即治癒され次に進める身体になる。しかし治癒されても痛みは現世と同じ、否それ以上の苦しみに耐えながら前に進まねばならない。誤って転び、心臓を無数の針が突き刺さらない限り、命は保たれたままのようだ。
針の山の次は、豆の様に鉄板で炒られ、虫に喰いつかれ、火の雨が降って来て、水蒸気が湧き出る中を歩かされ、熱湯の中を泳ぎ、岸にやっとの思いで辿り着いたら、最後に全身を鉄の槍で射抜かれ息絶えたようだ。だが、死んでも意識だけはあるため、痛みに耐えながら明日を待つのだ。
「正しく地獄だ~。 俺そんなに悪い事してないのに」
そう心で叫んだが、ここからの脱走など不可能なんだろう。
「さっき、阿鼻に送るって言ってたな。それってここよりも更に地獄ってことか? 絶対に行きたくない! ここで頑張るしかねえって事だ」
と自分に言い聞かせるしかなかった。
そして鬼が、俺の死んでしまった身体を無造作に、ポイと投げ捨てた。
「そんなゴミみたいな、、、、もうちょい丁寧に扱ってくれよな~」
俺が捨てられた場所は、明日のスタート地点なんだろうか。ゾっとした。
ここは、昼も夜も分からない。どれだけ経てば、俺が蘇るのかも知る由も無い。この時間が少しでも長くありますように……と祈っていると、鬼達がぞくぞくと俺の死体の近くに集まって来た。
「え? もう次が始まるのか! そんな~」
身体が動くのか確かめてみたが、
「まだ俺死んでますけど~」
鬼の重い足音がどんどん近づいて来たが、上手に俺の死体を避けて、皆同じ方面に歩いて行くようだった。そして、俺の死体からそんなに遠くない場所から沢山の鬼の話声が聞こえて来た。
「もしかして、休憩時間? それとも業務終了?」
「バリバリ、ガリガリ」
「何の音だ?」
と思っていると、地獄の血生臭さとは違う匂いがして来た。何かこう食べ物のような、飲み物のような、、、、そして俺は、暫く食べていないことに気が付いた。
「お腹すいたな~ 今日の賄い何を作ろうって思ってたっけ? って死んでも腹は減るんだ。うわ~ 空腹の業は俺には辛いな~」
すると、ドッと鬼の笑い声がしてきた。随分と楽しそうだ。
「鬼って笑うんだ~」
そんな事を考えながら、どれだけの時間が経っただろう、急に視界に何かが飛び込んできた。蘇ったので、目を開けたんだ。
「は―――― またあの地獄か」
「起きろ」
と先ほどまで、楽しく会話をしていた鬼に怒鳴られた。
「さっきまで機嫌よく笑ってたくせに、なんで俺等にはそんなに冷たいんだよう!」
しぶしぶ身体を起こすと、先ほどまで穴だらけだった身体が元に戻っていた。
「生きてる時にこの回復力は欲しかったけど、今は要らね~」
他の人達も蘇った事を随分と残念そうにいていた。
すると、起き上がった身体の横にボトンと何かが落ちて来た。前を見ると、鬼達が何かを人間に配っているようだ。横に落ちて来た物を見ると葉っぱのような物で包まれた塊のような物だ。
「なんだこりゃ? 丸い、、、、もしかして爆弾か~」
とビビったが周りに居る人達を観察すると皆包みを開けていた。爆弾ではないらしい。中に何かが入っているようだ。恐る恐る、包をほどくと中から、パン? と黄色いフルーツが出て来た。再び他の人達を見ると、食べている! 食事だ! 地獄でも食事が出るんだ!
あまりに空腹だったため、パンのような物にがっついた。
「固い。でもこれパンだ」
固くてちょっとボソボソしていたが、お腹が空いていたので、有難くいただけた。しかもフルーツの方はマンゴだった!
「地獄でマンゴが食べれるなんて~ しかも甘くて旨い。人間界から配達されるのかな?」
食べ物に強い関心のある俺には、どうやってこんな地獄に食べ物が配達されるのか、興味津々であった。
何故なら、俺の夢は、いつか自分のカフェを持つことだったからだ。
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