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「ねぇ? 覚えてる? あなたと私が出逢った日のこと」
彼女の言葉に、僕はあの日のことを思い出した。
桜の咲く季節ーー。
強い風に煽られて、桜の花びらが舞い上がったその時、空を見上げると白いハンカチがふわりふわりと舞い降りてきた。
ハンカチが落ちてきたその先を見上げると、教室の窓から長い髪を揺らめかせて覗き込む君と目が合った。
「窓の外を覗いたら、あなたが通りかかったの。一目見て気に入ったわ」
それは僕も同じ。
空を舞う桜の花びらが毛先だけくるんと丸まった髪に絡まって、まるで花の精のような可憐さに惹き付けられて。
僕は君に逢うために出てきたばかりの建物に踵を返した。幸運のハンカチを持って。
初対面なのに、初めて会った気がしなかった。教室に佇む君はどこか憂いがあってミステリアスで。僕を見付けると大輪の花が咲いたかのように微笑んだ。
どくん、と心臓が大きく打ち付ける。身体中の血液が巡り巡って頭に昇る。きっと顔が赤くなってるはずだ。妙な汗をかいて、体温が上がるのを感じる。
『これ……君の、だよね?』
やっとの思いで言葉を絞り出す。持っていたハンカチを折り畳んで差し出すと
「ありがとう」
長い睫がゆっくりと下に降りる。薄紅色に染まる頬から色気を感じる。ふわりと揺れた髪からいい匂いがした。柔らかい、シトラス系の香り。
あれから五年の年月が流れたけれど。
あの日のことは忘れない。
忘れるわけがない。
それなのにーー。
君は僕と違う記憶を語り始めた。
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