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「口を開けて」
言われるがまま、孝司は口を開く。
切れた唇が痛んだが、温かい食事を前にして泣き言は言えなかった。人肌に温められた白粥は、片山の手作りだろうか。市販のものよりも出汁が効いていて、悔しいが美味だった。
「さあ、もう一口」
頭上から降ってくる片山の声は優しく、出会った頃のような気持ちにさせられる。全身に数ヶ所の打撲を負った孝司は布団から起き上がることができずに、片山の介助なしでは食事も満足に摂れない。
一方で甲斐甲斐しく世話を焼く片山は、どこか楽しそうだ。
「口の端に米粒がついているぞ。俺が取ってあげよう」
スプーンを器用に操り、片山は孝司の口についた米粒をすくい取ると、自分の口へと運んだ。
「美味いな。孝司もそう思うだろう?」
「そうだね。美味しいよ」
「俺の作ったものは全部美味しいだろう?」
「うん。でも、もうお腹いっぱい」
孝司がそう言うと、片山は残念そうに眉尻を下げたが、無理はさせられないとわかって、残りは自ら食べた。
ある程度胃が満たされると、今度は眠たくなる。まどろみの世界へ落ちようとする孝司の視界に、いつまでもスプーンを舐める卑しい男の姿があった。
次に目が覚めたとき、孝司が感じたものは身体中を這い回る、おぞましい手のひらの汗ばんだ感触だった。
今はどこにいるのだろう。孝司は目蓋を持ち上げ周囲を確認しようとするが、自らの意志とは反対に身体は重く、まるで自分のものではないようだ。
神経を研ぎ澄ませる。そうすると全裸になった皮膚の表面にいくつかの水滴と、密閉された空間内に漂うむんわりとした湿気を感じ取れる。浴室だ。孝司は洗い場の床に、なかば片山が抱えるような形で寝かされていたのだ。
「はっ、ぁ……孝司……孝司……」
片山は孝司の意識が戻っているとは気づかずに、動かない身体を相手に不毛な愛撫を繰り返す。
屍姦のようだ、と他人事のように思った。
出会った頃のような瑞々しさが失われた身体であっても、片山は気にしないらしい。現在の孝司の姿が見えていない、と言ったほうが正しいのであろうか。
片山の右手は孝司の性器を扱き、左手は乳首や喉仏、口腔、さらには耳の穴までも侵食していく。これまでの暴行で、孝司が少しでも反応した個所を重点的に、片山は執拗に責め続けた。
「ああ、孝司……お前は本当に可愛い男だ……。ここをどうやって可愛がってほしいんだ? お前は淫猥だから、自分で慰めるだけじゃ足りないだろう?」
性器を弄んでいた右手が後腔へと伸びる。孝司の窄まりは一部が切れ、赤く充血していた。その傷にも気づかないほどに片山は妄執的に孝司を愛し、孝司もまた、その痛みに慣れつつあった。
悪循環が生み出す狂想曲は終わりを見せない。
「お前の恋人は、この俺だ」
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