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時間がわかるものはこの部屋に存在しなかったが、孝司は仁科との先生ごっこが二日目を迎えたのだと知った。
仁科は昨日、孝司の髪を切った後、黒く染め直すと宣言した。ということは、二日目は髪を染められるらしい。
初日と違って凶器をちらつかせることはないと思うが、油断は禁物だ。怒らせたら何をされるかわからない。孝司がぐっと唇を噛みしめたとき重く閉ざされた扉が開いた。
「長瀬くん。調子はどうですか」
仁科はまるで朝の出席確認をするかのような軽やかな口調で孝司に聞いた。
「足が痛いです。足枷で擦れてしまったようで」
「後で手当てをしてあげよう。さて、早速染め直そうか」
どうやらこの男は自分の立てた予定通りに事を進めたいらしい。
不承不承、孝司は頷いた。本当は黒染めなんかしたくない。もちろん髪も短くしたくなかった。あいつに似ていると言われる姿になんかなりたくない。
「さあ、椅子に座って。ここまで歩けるかい?」
「大丈夫です」
孝司は仁科に対して従順になるよう努めた。昨日と同じように椅子に座る。今日も仁科は両手を後ろに回すように命令した。
「俺はあなたに従いますよ」
「長瀬くん。手を出して」
手錠なんかしなくても逃げられやしないのに。
「もし椅子から落ちたら危ないだろう。君の安全のためにするのだ。さあ、早く両手を出しなさい」
少し渋ったら訳のわからない屁理屈を言ってきた。何を言ってもこの男には通じない。
両手を後ろに回すと、仁科は昨日よりも手荒く手錠をかけてきた。また機嫌を損ねてしまったようだ。
「長瀬くん。何度も言うけれども、私は君のためにやっているのだよ」
「すみません」
「謝ることじゃない。ここは礼を言う場面だよ」
「……ありがとうございます」
「誰に対してのお礼かな?」
仁科の口元がいやらしく吊り上がる。何が楽しいのだろうか。
「先生です」
「続けなさい」
「先生、ありがとうございます」
「よろしい。長瀬くんは素直で良い子だ」
そう言いながら仁科は孝司の髪を撫でる。
「じゃあ始めるとしよう。じっとしていなさい」
どこで覚えたのだろうか。仁科はやけに丁寧に染料を塗り始めた。
孝司の髪の毛一本一本まで黒を行き渡らせようと作業をする仁科は、孝司を見ているようで見ていなかった。
頭皮を這いまわる仁科の指が気持ち悪い。
孝司は一刻も早く、この悪夢から抜け出すことだけを考えた。
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