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──チャキチャキチャキ……
流行りの音楽がかかる店内で、俺は手にすくった髪と、鏡に映る女性の顔を交互に見比べた。
──サイドは耳の横にそえるくらいで、前髪は少しすく……。頭が小さいから襟足は短めがいいな……。
ハサミを入れるごとに、女性は俺の理想に近づいていく。
──ああやっぱショートが正解だ。
トップはもう少し軽い方がいいか…………。
「──ヒロ……」
ふと背をつつかれた。振り返ると、幼なじみで二年先輩のナナミがワゴンを押しながら通り過ぎていく。
怪訝に思いながら視線を戻すと、鏡の中の女性の顔にハッとした。
ひどく不安そうだった。いや、すでに『後悔』とよべるほどの影がありありとその顔に滲んでいる。
しかし、今さらやめるわけにはいかない。
俺は今の最善を尽くすべく手を動かした。
そして、沈んだ表情の女性に声をかける。
「……ワックス、つけますか……?」
「お願いします……」
──影が深まった。
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