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「痛むか」
ミーティング直後のロッカールームの緊張感は、後から入室した部外者にも容赦ない。当然だ。インターハイ直前、耳の痛くなる話もする。
「今日はよく降るから」
ああ、そうか。
「大丈夫だよ」
「そうか」と言う声を、隣室からの笑い声が掻き消す。途端に、右腿が疼くのを感じる。古傷の話だ。
「今日はローラー?」
ミーティングノートを受け取る。マネージャーでもない人間が部室に出入りし、部の情報に触れる。誰が見てもアウトだろう。
「ああ。今日はよく降るからな」
マイナーな競技だ。マネージャー代わりに経験者がいればいいとか言って、かなり強引に連れて来られた。邪魔になっていなければいいが、体よく雑用を押しつけられている格好だ。
「山崎は来ないな」
新入生だ。風を切って走るのがたまらないと、瞳を輝かせてペダルを漕ぐ。
わかるよ。頷いてやると、弟のように懐いてきた。
「甘やかすなよ」
そう言いつつ、主将として何かと気に掛けてやっているくせに。肩をすくめるだけの返事をする。
いいか、私は部外者だ。
「とにかく、無理はするなよ」
体を動かすのは、勇一の方だろ。
いつもならそう返して、背中を追う。
「勇一」
扉が開くと、雨音が近くなる。今になって、自分も降られていたことに気づく。しっとりと濡れた体が気持ち悪い。
「好きだよ」
言葉にしたのは、無意識だった。溢れだしたもののはずなのに、雨音に紛れてしまうような弱々しい声をしていた。
「俺達はそんなのじゃないだろう」
だったらいっそ、聞いてくれなければよかったのに。迷いなく閉められたドアの中、雫が頬を滑り落ちる。微かな塩味。
ほら、やっぱり。
崩れ落ちて泣けるほど、私は弱くない。
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